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Knockin’on heaven’s door

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その4


「あのー、天使さんですか?」
 僕は不意に声をかけられ、飛び上がりながら振り向いた。そこには、孤独や不安が今にもこぼれ出しそうな表情の女の子が立っている。
「えー、天使ってほどの可愛い存在では……。でも、天の使いってのは間違いないけど」
 その答えを聞くや彼女の曇った表情が晴れ渡っていく。
「やっと見付けました、お願いがあって探していたんです。私のお婿さんになってください!!」
「……はい?」


『 父親思いな志田雪乃の場合 』


 今回、天国に急遽旅立ってもらうのは、まだまだあどけなさが残る少女だ。今までは残してきた父親の事が心配で現世に留まっていたらしいのだが、今の彼女は「昇天するのが待ち遠しい」という表情でいっぱいだ。
「でね、そのパパの彼女さんが本屋さんの店員さんでぇ、パパったら一目惚れしちゃってね、読みもしない本をいつも買いに行って部屋中本だらけになってるんだよ? パパより十歳以上若くって優しくてキレイで、この前のデートの時はいい感じになっててねー、もう少しでチューしそうで……きゃーーー!!」
 よほど大好きだったのだろう、彼女は父親の事を終始笑顔で話してくれた。
「雪乃ちゃん、本当にお父さんの事が好きだったんだね」
「うん、唯一の家族だったんだもん……」
 つぶやくように彼女はそう答えた。
 彼女が九歳の時、両親は離婚をしたそうだ。以来、父親と二人暮らしをしてきた彼女なのだが、十二歳の時に自動車事故に巻き込まれて亡くなってしまった。
「でもね、これでパパも少しは勇気を出すと思うんだ。私が死んじゃって四年もたってるし、早くパパには幸せになってほしいの」
 沈みかけた表情を、彼女は無理に笑顔でかき消す。そういう姿を見てしまったから、僕は彼女を応援したくなったのだろう。
「ごめんなさい、天使さん。ちゃんとしたお仕事じゃないから、お給料とか出ないんでしょ?」
「そ、そこは心配しなくていいから。それに、僕は逆にお礼を言わなきゃいけないくらい、手伝える事が嬉しいんだ。……雪乃ちゃん、チャンスは一回だけだから、頑張ってね」
 僕は少し照れながらそう答えた。嘘ではなく、僕にとっては素直な気持ちだ。
「ありがと……」
 彼女は涙ぐんでいた。その涙は願いが叶う喜びからなのか、大好きな父親を見守る事が出来なくなる悲しみからなのか、僕には分からなかった。
「……じゃ、そろそろ準備しようか」
 僕はそう言うと、立ちあがって歩き出す。行き先はもちろん、彼女のお父さんの所だ。
「あっ、待ってください」
 彼女も慌てて立ちあがって、緊張した表情で僕の後をついて来た。


『パパ 今までありがとう 私はこっちで幸せになります だからパパも 幸せになっていいんだよ?』


 哲也は突然と目が覚めた、妙なほどに現実味のある不思議な夢を見たからだ。今日はいつも以上に冷え込んでいるのだが、なぜか暖かな光に包まれたような感覚が頭に残っている。
 体を起こして時計を見る、そしてゴクリとつばを飲んだ。
「がんばれ、って事なんか? なぁ、雪乃ぉ……」
 時計の針は十時三十六分を指している、急げば閉店までに間に合う時間なのだ。
 気付けば眠りに落ちていて、こんな時間に目を覚ます。まるで「あの夢」を見せるために寝かされたように哲也は感じていた。
「雪乃、お前が見守ってくれるんなら……頑張ってみるよ」
 哲也は小さな仏壇に手を合わせて、ほんの数秒だけだが目を閉じる。そして慌てながら仏壇の引き出しを開け、一通の手紙を取り出した。
「行ってくる。……帰りは二人だ」
 景気付けに鈴(りん)を勢いよく数回鳴らして、哲也は部屋を飛び出した。


「まったく……、ありえないよ。あれがプロポーズ? パパがあんなに情けない男だったって、初めて知ったぁ」
 彼女は、うろたえながら愛を誓う父親の姿を見て落胆していた。始めの勢いこそよかったが、終始慌てふためいているし、最後の決め台詞は見事に噛んでしまったのだ。
「あっ、彼女さん笑顔だ。よかったぁ……」
 どうやら告白は成功だったようだ。成功要因は分からないが、おそらく始めからプロポーズを受け入れるつもりだったのだろう。
 小さな店内が歓喜や祝福の声でいっぱいになっている。その一部始終を上から眺めていた僕等は安堵した。
「雪乃ちゃん、お父さんが握り締めてた手紙って、雪乃ちゃんが書いた手紙じゃない?」
「……うん」
「もしよかったら……なんて書いてから教えてほしいな」
「あれはね、私が十歳の時の、父の日のプレゼントなの。『雪乃が結婚するまではママの代わりになってあげる券』が入ってるの」
「……あぁーーー、だから結婚式なんだ!!」
 僕等はたった今、結婚式を挙げた。っといっても欺くための芝居なのだが。お父さんの夢の中に入って、結婚式恒例の「新婦から両親へ」のコーナーを行ったのだ。
「私、生きてたら十六歳になってるから、結婚出来るでしょ? それにきっとね、パパは我慢してたと思うんだ、彼女さんだってずっと待ってたと思うの。私を残して幸せになるのがみんな嫌だったの、だから……生きてる人は死んだ人の為に立ち止まっちゃダメだと思うから……」
「いい応援になったね」
 父親の夢に入った時、彼女は飛び切りの笑顔を見せてくれた。それは芝居でも演技でもなく、四年ぶりに大好きな父親と向き合って話しが出来るという喜びからだろう。
「あー、スッキリしたぁ。ありがとうございました、天使さん。突然の現れてワガママ言って」
「いいって、気にしないで。それに、あんなにいい笑顔も見れたし、やった甲斐があったよ」
「へへ、ありがと」
 彼女は照れながら、僕の両手を握ってきた。しかし、それと同時に彼女を淡い光が包み始める。
「雪乃ちゃん、もうすぐお別れだね。天国からでもね、お父さん達の事見守ってあげるんだよ」
「天使さん……本当にありがと。何かお礼したいの」
「大丈夫だよ、僕には手伝えた事がとても嬉しい、それで十分だ」
 徐々にその華奢な体が浮かび、包む光も強くなってくる。彼女は目にいっぱいの涙をうかべながら、僕の顔を見つめてくれていた。
「て、天使さん、おまじないしてあげる。あ、あのね、目を閉じて楽しい事を思い浮かべて……」
 僕の手には彼女から握られている感覚が弱くなっているのが分かっていた。もう時間がないのだ。僕は言われるがままに目を閉じ、さっき見た彼女の笑顔を思い浮かべる。
「……私達、結婚したんだもんね」
 彼女はそう言って、僕の頬に軽く唇を当てた。驚いて目を開けて見ると、一段と増した光の中で笑っていた。
 僕が思い浮かべていたのと同じ笑顔の彼女だった。
「ん、そうだね。幸せになったでしょ? 雪乃ちゃん」
 僕の言葉が届いたと思うが、答えを聞けないままに笑顔の彼女は光と共に消えていった。


 哲也は、啓子の手を強く握ったまま店を出た。頬を刺すような冷たい空気と一緒に、小さくてキラキラとした雪が舞っていた。
「……ありがと」
 哲也はそっと、夜空につぶやいた。

作品名:Knockin’on heaven’s door 作家名:みゅぐ