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菜の花

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ハイツに帰る川の土手は、すっかり菜の花ロードになっている。三寒四温とは、よくいったもので、今年は特に、それが激しい。暑い日は、半袖でいいのだが、寒い日は、コートが入用なほどだ。

 で、うちのあほな嫁は、今日、コートもなんも着んと飛び出して行った。寝坊して天気予報を確認しなかったからだ。今日は、低温情報が出てるほど寒い日やっちゅーのに、あほはスーツだけや。まあ、仕事で外へ出ることはないから、帰りだけが問題になる。さらに、うちのあほというのは、面倒臭がりなんで、寒いならコンビニでカイロを買うとか、そういう発想もない。

 俺が帰る頃は、まだ夕焼けが残ってて、オレンジに染まった菜の花が風で揺れていた。これが咲くんやから、やっぱり春やねんなあーと思いつつ通り過ぎた。桜も、そろそろ葉桜になりつつある。暖かい日に満開になって、寒なって花が散った。いつもは、もうちょっと長く見ていられるのになあ、と、先週の日曜に、嫁と散歩して花見してきたところだ。

「なんで、これだけは綺麗やと思うんやろうなあ。」

 散りつつある桜を見上げて、俺の嫁が、ぽつりと言うた。こいつには、情緒とかわびさびなんてものはない。けど、桜には、何かしら感じるのだと言う。

「日本人の遺伝子に組み込まれてるんちゃうか? 」

「せやろか? 」

 土手沿いの桜並木まで遠征して散歩した。うちの近所の土手には、並木はないが、公園になっているところがあって、そこは桜並木になっている。花見客や出店も多くて、賑やかなことになっていた。あまり騒がしいのが得意ではない俺らは、橋の上から両側から川に降りかかるような桜を眺めていた。風が強くて、はらはらと花びらが、川に散っていく。まるで、それは雪みたいだ。

「俺は、これで酒飲む気にはならんなあ。」

「ほな、何でっしゃろ? みなとはん。」

「コーヒーとかええな。」

「はいはい。」

 近くの自販機で、砂糖なしの缶コーヒーを二本買ってきて、一本、手渡した。ぷしっと開けて、ふうと息をふく。猫舌の俺の嫁は、缶コーヒーすら熱いらしい。

「あんまり熱ないで? 」

 人通りが多いからなのか、自販機のコーヒーは熱くなかった。そら、ありがたいと、俺の嫁は口をつける。

「桜に埋もれて死んだら気持ち良さそうやな。」

「ぶっそうな意見やな。昼寝ぐらいにしとけ。」

「ここで昼寝したら、確実に踏まれる。」

「どっかで、桜の枝売ってないかなあ。」

「だあほ、桜は折ったらあかんのじゃ。桜折るバカ、梅折らぬバカって言うやないか。」

「知らんわ、そんなん。」

 たわいもない話をして、缶コーヒーを飲み干して、また歩いて帰って来た。あの日は、とても暖かかったのだ。薄着で、ぶらぶらと歩けるぐらいに。

・・・・ぼちぼちか? えーっと、風呂は沸いてるから、とりあえず叩きこんで・・・・

 時計を見たら、そろそろ俺の嫁の帰宅時間だ、寒い寒いどあほ死んで来い低気圧と呪詛のような文句を吐きつつ帰って来るだろう。

・・・・いや、おまえがコートを着やへんかったからで、昨日から寒いって言うてはったがな・・・・

 と、俺はツッコミしつつ、服を脱がせて、おかえりのキスかまして湯船にポイして、茹る間に、とりなんばんの出汁にソバ入れて温めて、それ食わしてホカホカの俺の嫁を抱き枕で俺も暖かく寝るっちゅーことで仕舞いやな、と、俺の嫁の帰宅後のシュミレーションをしていたら、ガチャリと玄関の開く音がした。

「ただいま。」

 廊下を歩いてきた俺の嫁は、呪詛のような文句は吐いてなかった。

・・・・あれ?・・・・

 そして、スーツのポケットから何かを取り出して、俺に軽く投げて寄越した。それは、冷たくなった缶コーヒーだった。

「ええカイロになったわ。」

「ちょっとは、智恵ついたんやな? みなと。」

「そら、あんだけ寒かったら、なんか考えるやろ? でも、菜の花は満開で春らしなったな。」

「・・・・もしかして、また、ぼんやりしてはったんやろか? このだあほは。」

「いや、それほどてもあらへんで。」

 うちの嫁は、ぽおーっと土手の花を眺めたり月を鑑賞したりする変わった趣味がある。防寒対策してるなら、まだしも、缶コーヒーごときで、そんなことしてたら風邪ひくっちゅーことは、学ぶ気はないらしい。

「もうええ。とりあえず、風呂入れ。」

 スーツを掴んだら、ひんやりしていた。こら、あかんと風呂場に連行する。

・・・・やっぱ、シュミレーション通りの展開なんやな・・・・・

 さくさくと脱がせて、湯船に叩きこんで、晩メシの準備をしていたら、どぼんと大きな音がして、俺の嫁が風呂で寝落ちしたから、救助に向かうなんてことになって、シュミレーションより忙しいことになった。



作品名:菜の花 作家名:篠義