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ばれんたいん

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駅前の本屋まで、と、外出した俺の嫁が二時間して帰って来た。ほれ、と、駅前の美松の菓子包みを俺に手渡した。

「みたらしやないんか? 」

「愛の日やから。」

「はあ? 」

「おまえ、チョコより、こっちのがええやろ? 」

 いつもなら、ショウユ味のみたらしを買ってくるのに、和菓子を買ってきた理由が、それらしい。たぶん、駅前のケーキ屋の広告でも見たんやろう。俺は洋菓子よりは和菓子のほうが好きで、たまに、美松の生菓子を食べている。俺の嫁は愛想なしなので、一個ぐらいは相伴するが、ほとんど口にしない。ケーキなんかも、甘すぎると一口で放置する贅沢ものだ。まあ、ええやろうと、菓子包みを開けたら、ひな祭りの生菓子だった。ここのは、季節ごとイベントごとの生菓子を売り出すので、なかなか凝っている。お内裏様とお雛様、それから、桜と橘の花の形のものだ。

 ほうじ茶を淹れて、こたつに載せた。すると、俺の嫁は、買ってきた本を開いて、ご機嫌でこたつに入った。

「もう、ひな祭りなんやなあ。」

「まあ、そうなるやろ。和菓子でバレンタインはキツイやろうからな。せやけど、一応、チョコ大福とかは置いてあったで。」

「うーん、微妙やなあ。」

「俺も、そう思う。」

 ぬるいほうじ茶を、一口飲んで、俺の嫁は寝転がって読書に集中する。食べる気はないらしい。二月だというのに、今日は小春日和だ。天気も良くて気温も高い。どこかで梅の花が咲いたとかいう報せも届いている。窓の外は晴天で、洗濯物がひらひらしている。

「ええ天気やなあ。」

「月曜からは崩れるらしいけどな。」

「一個食べ。」

「いやや。」

「まあ、そう言いなや。愛の日やんか。」

 桜の薄桃色の練りきりを嫁の口に運んだ。かぽっと齧りついて三分の一ほど、もしゃもしゃと食う。飲み込んでから、お茶を飲ませて、さらに齧らせる。一個を、そうやって食わせたら、「もうええ。」 と、俺の嫁は逆向きに逃げた。

「うまないか? 」

「まあまあや。」

 それから、俺も橘の黄色い実の形をした練りきりを、一口で食べた。ここのは、甘すぎない上品な練りきりだ。そして残ったのが、お雛様たちだ。お雛様を持ち上げて、嫁の口元へやったら、「いらん。」 と、さらに逃げやがった。

「ほな食うてまうで? 」

「うん。」

 かぼっと頭から食ったら、それを見て、俺の嫁は笑っている。なんじゃ? と、視線で問うたら、「女やったら、食べるの可哀想。とか言うやんか。」 と、返事された。

「どあほっっ、食わんで腐らせたほうが勿体無いわい。」

「さすが、俺のダンナやわ。」

「これが普通や。今日、晩飯どないする? 外行くか? 」

「お茶漬けでええ。」

「さよか。ほな、あるもんで適当にするわ。あと、俺、来週ぐらいから、ちと忙しいんで、メシの支度頼んでもええ? 」

「ああ、かまへんで。俺のほうは、ちょっと暇やからな。」

 なんていうか、俺が忙しい時期は、俺の嫁は暇で、早く帰宅する。まあ、考えてみればそういうことだ。遊興関係の仕事をしている俺の嫁は、普通のサラリーマンが忙しければ、仕事の水揚げも少なくなる。だから、残業するほどのことはなくなるのだ。

 もうひとつのお内裏様を食おうとしたら、宅配便が来た。誰や? と、思いつつ荷物を引き取った。大きな箱とチルドの箱だ。相手は、俺の嫁の自称パトロンたちだった。

「水都、堀内のおっさんと沢野のおっさんからや。」

 その言葉で、ええっと俺の嫁は飛び起きた。バリバリと大きな箱を開けると、大きな花篭だった。全てがピンクの花で作られた怖ろしく沢野のおっさんからとしては、不釣合いな代物だ。もう一個の正体は、てっちりとてっさのセットと書かれていた。

「またかいな。」

「・・・・・・また出張か? おまえ・・・・」

 毎年、届くおっさんたちからの愛の日の贈り物には裏がある。これは、三倍返しを要求されるのだ。もちろん、金品ではない。本社への出張だ。関西統括部長なるものを無理矢理に拝命させられている俺の嫁は、本社での会議なんてものは基本出ない。代理のおっさんに行かせて、しらばっくれている。クレームがきたら、即座に、「関西で仕事しとったらええっちゅーたんは、おまえらやろ?」 と、カウンターアタックするから、なかなか本社には顔を出さないのだ。

 で、おっさんたちも考えた。それが、この愛の日の贈り物だ。宅配便で送りつければ拒否はできないだろうと、かなり高額なものを送って来る。そして、来月に、返しを要求する。それが、本社への一週間から十日の出張だ。これで行かないと、つっぱねると、当人たちが、直接やって来て拉致って行く。一度、受け取り拒否したら、関西支社に届いて騒ぎになったらしい。その時は、ひな祭りのホールケーキが社員分と、バラが百本だったと聞いている。さすがに、幹部社員が取り成して、俺の嫁は出張することに渋々承諾した。

「三月か・・・・すまんけど、また、ちょっくら行って来るわ。」

「ああ、まあええやろ。俺も忙しいしな。・・・・今度は、奥飛騨の温泉でも行こか? 」

「せやな。ちょうどええわ。おまえの返しは、それでええ。」

 長期の出張なので、途中で休日がある。それを使って、俺らも一泊二日で旅行することにしている。それで、ちょうど俺のお返しもできるという算段を、俺の嫁はしたらしい。だが、俺は、ちっちっちっと人差し指を横に何度か振った。

「返しやのおて、夫夫旅行。返しは、今からさせてもらうからな。」

「はあ? 」

「そんな一ヶ月も待たいでもええがな。晩飯の段取りもしてもろたことやし、ちょっとお返しさせてもらう。」

「え? 今から? 俺は、これを読みたいんやけど。」

「あかん。返しのほうが大切やん。」

「いや、本のほうが大切やっっ。それに明日、月曜やぞ?」

「わかっとるよーせやから、ちょこっと返すんやんかいさ。」

 昨日もやったやないか、と、俺の嫁は、ぶつくらと文句を吐きつつ、本をこたつの上に置いた。やってもええ、という許可が出たので、こたつから俺の嫁を引き摺りだして、着膨れた服を脱がすことから始める。

「もう返しいらん。」

「いやいや、愛の日やから。」

「おまえ、毎週、愛の日やんけっっ。ええ加減にせーよっっ。」

「あははは・・・俺、愛に飢えてるねん。」

「うそつけっっ。このどあほっっ。」

「はいはい、そろそろ協力して、腰上げてくれ。」

 そう言うと、素直に協力はしてくれる。それから、俺のジャージに手を伸ばす。その手は掴まえた。

「はいはい、踊り子さんに直接触れたらあきまへん。」

「どこが踊り子じゃっっ。こんな汚い踊り子おるかっっ。」

「今日は、お返しなんで、なんもせんといてください。お客さん。」

「チェンジッッ。」

「お客さん、無理言わはるなあ。チェンジなしですえ。・・てか、誰とチェンジするんよ?」

「ソープのねーちゃん。」

「あほっっ、お返しやって言うてるやろ。はい、横向き。」
作品名:ばれんたいん 作家名:篠義