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ひとつの桜の花ひとつ

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桜がひとつ


「あれー 三咲じゃない」
大きなレンガ造りの正門の前で直美がいきなり声を出していた。
「なによー 直美も・・あっ こんにちわ」
直美の大学の友達の三咲が、腕に腕章をして校門の横に立っていた。
腕章には大学名がきちんと書かれていた。
「バイトなの・・三咲・・」
「そう、ここでご案内してるのよ・・交代で中にも入るけどね・・けっこう、いいお金になるのよ」
「そうなんだぁ・・」
「うん、で、何よ・・学校になにか用事なの・・あっ、発表なの・・」
直美の後ろにいた夕子に気が付いたようだった。
「そう」
「妹さんなの・・」
「うーん、そんなところ・・本当の妹じゃないんだけどね・・」
「そっか、こんにちわ、何学科受けたの・・」
「英文学科です」
はっきりとした口調で夕子が答えていた。
「なんだ、後輩かぁ・・よろしくね、三咲って呼んでね」
「三咲さんですね、始めまして、夕子っていいます」
「うん、夕子ちゃんね、よろしく」
「はぃ、受かったらかわいがってくださいね」
「大丈夫よ、合格しそうな顔してるもん、早く、見ておいで・・ここを真っ直ぐの左手の 成瀬記念館の横だからね」
「はぃ」
頭をちょこんって下げて夕子がはっきりとした返事をしていた。
「直美も柏倉くんも一緒にいくんでしょ・・」
「うん、いってくるね・・」
「大丈夫だって、合格してるって・・」
直美の肩をたたきながらの三咲だった。
「うん」
「合格したら、本館に行って、入学案内もらうんだよ、それでおしまいね」
「じゃぁ、いってらっしゃい」
「行ってくるね」
直美の返事で3人で三咲に頭を下げて校門から中に歩き出し始めた。
「直美、なんとか記念館って、あれか・・」
すぐに左手に古そうな歴史のある、建物の屋根が見えていた。
「うん、そう、そこ・・」
「うわぁー すぐですね」
夕子も建物に気づいたようだった。
人の気配がすぐ先からだった。
だまって歩くと、すぐに左手に記念館で、その横にこの日のために作られた大きな掲示板が目に飛び込んできた。
それは、10mほど先に人だかりと共にだった。
「さ、行こうか、夕子ちゃん」
「うん」
返事をした夕子ちゃんの右手を直美が手を差し伸べて握って歩き始めた。

掲示板に近付くと文学部全部の発表だったから、英文科と史学科と日本文学科それぞれに紙が別れて発表のようだった。
英文科の発表の紙は真ん中だった。
3人で立ち止まって、その紙を見つめだすと、直美の右手が伸びてきて俺の左手を握り締めていた。
息を深く吸ってから、心の中で238って数字を何度も繰り返して番号を探すと、3列目の上のほうに、その番号はあった。230番から数字を追うとなんだか、息が止まりそうで、番号を見つけた時には握っていた直美の手に力をいれて、よしっ って心の中で叫んでいた。
すぐに首を右に振って俺の顔をみた直美の顔も笑顔だった。
直美もすぐに夕子の番号を発見したらしかった。
「あったぁー 」
夕子のほっとしたような、息の抜けたような、声もすぐにだった。
「うん、おめでとう、夕子ちゃん」
すぐに、大きな声を直美が出していた。
「ありがとうございました・・」
頭を下げて顔をあげると、夕子の瞳はうっすらと光っていた。
「よかったねー がんばったもんね・・夕子ちゃん」
「はぃ、ありがとうございました、直美さん、柏倉さん」
「こっちは、なにもよね・・ねっ 劉・・」
「うん」
直美も俺も顔を見合わせて、ほんとにほっとしていた。
「本館行こう、入学案内もらわなきゃ・・」
「はぃ」
「ここから、すぐだから・・」
夕子を先頭に俺たち2人はなぜだか手を握って歩いていた。

「1人で行ってきます・・ここで直美さんも柏倉さんも待っててくださいね」
本館の建物の前にたどり着くとだった。
「うん、じゃあ、俺らはここにいるから・・」
「はぃ、待っててくださいね、そのまま手握ってどっかにデートなんか行かないでくださいよー」
「あっ やだー」
直美があわてて、手を離していた。
「自分の学校なんですから、誰が見てるかわかんないですよ、直美さん」
「いいから、早く手続きしてきなさいよー」
「はーい」
笑顔の夕子と笑顔の直美と、たぶんほっとした顔の俺だった。
「良かったねー ほんとに・・今年、英文科って去年より倍率高かったんだよね・・」
「そうなんだ・・」
「でも、受かってほんとに良かったぁ」
「だよなぁー 掲示板見えたときって息とまりそうだった・・」
「わたしも・・」
「俺、もう こりごりだわ」
「わたしも・・あっ 劉、今日はカメラ持ってきてないの」
「持ってるよ・・」
カバンの中からカメラを取り出していた。
「さっきの掲示板の写真撮っちゃおうか」
「えっー あそこでかぁ・・恥ずかしいんだけど・・」
「いいから、いいから・・夕子ちゃんの番号きちんと撮っておこうよ・・」
「うーん、じゃぁ 撮ってくるわ・・ここで待っててよ、行ってくるから」
あの掲示板の前でカメラ構えるのって恥ずかしかったけど、たしかにおもしろそうな写真かもって思いながら掲示板に向かっていた。
望遠レンズなんか持ってきていなかったから、掲示板のすぐ前でカメラを構えてシャッターを3回も切っていた。そりゃぁ、けっこう恥ずかしかった。

「どこ、行ってたんですか・・」
直美の所に戻ると、夕子が大学の名前が入った袋を手に一緒に立っていた。
「写真撮ってたから・・」
「夕子ちゃん、電話しなきゃ・・」
うれしくて、夕子の家に電話をさせることを忘れていたことに直美が気が付いていた。
「いま、中でしてきましたから・・」
「えっ、そうなんだ、おかーさん喜んでたでしょ・・早く帰って報告しなきゃね」
「ゆっくりでいいですよ、もう報告はしましたから」
「顔は見せてあげなきゃ」
「はぃ」
笑いながらだった。
「劉、夕子ちゃんの写真撮ってあげようよ・・合格の日って・・」
「いいよー」
「いいですよー 恥ずかしいですよー」
夕子がほんとうに恥ずかしそうに笑っていた。
「いいから、いいから・・どこで撮ろうかなぁ・・」
「あそこの 大きな木の下は・・」
「うん、あそこにしようか」
講堂の斜め横に大きな古い桜の木が立っていた。たぶん綺麗な講堂をバックに撮れそうな位置だった。
「夕子ちゃん、あそこにしよう、あそこに立って・・」
「もうー 恥ずかしいなぁー」
「いいからいいから・・」
少し歩いて、直美がここって言った場所に夕子が立たされていた。
「じゃー 撮るよー 笑えよー」
「もうー」
無理やり笑わせて、シャッターを4回も切っていた。
「入学案内の封筒を前にみせないさいよー」
直美はうれしそうに注文までつけていた。
「直美さんも、一緒に撮りましょう」
「えっー そう・・」
まんざらでもなくて、すぐに横に並んで直美も一緒に写真に納まっていた。
「3人で撮りたいなぁ・・」
「三脚なんか持ってきてないからなぁ・・」
けっこう、カメラはカバンによく入っていたけど、記念撮影なんて考えていなかったから、そんなものは用意していなかった。
「あっ 三咲 」
直美の視線の先にだった。
「合格だねー 良かったねー」
「ありがとうございます」
「いいえー、後輩だね、よろしくね」
作品名:ひとつの桜の花ひとつ 作家名:森脇劉生