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殺心未遂の顛末

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本当は似ている喪失とロマンス





かしゃん、と軽い音を立てて落ちたカッターナイフ。赤錆びたそれを取り上げて、もがく細い腕を捻って床に倒す。
エアコンの効かない寒い研究室の冷たい床に数秒前まで人間の一部だった液体がぱたぱたと白い皮膚を伝って零れていく。
なんで、と唇だけが歪んで動いた。



「ドMにも程があるぞ」



苛めてほしいならいくらでも苛めてやるよ、ぐずぐずに、とことん優しく甘やかしてやるよ。
何でもない我侭なら言ってくるくせに、大事なことはほんとに言わない。どこまで強情なんだこいつは。
今までも何度か自傷癖が出たり治ったりを繰り返してたわけだが、死なないラインで痛いのを楽しんでいた節があった。自殺は俺の美学に反するとかなんとか。お前の美学はどこ行ったよ。



「・・・どんな顔するかと思って」



しばらくの沈黙のあとに吐き出された言葉は半笑い半泣きだった。



「俺が突然死んだらさ、お前はどんな顔するのか、とか思ったらたまたま近くにカッターがあったから。薬じゃもったいないし、俺は自他共に認めるドMですから?人が死ぬとこを感じてみたかったってのもあるね。もちろん自殺は俺の美学に反することだから、賭けっつーか、どっかで助けてくれんじゃないかって期待してたとこもある。なんだかんだで今までも4、5回お前に命救われてるし」
「俺の目の前で瀕死になられちゃ救うほかないだろ」
「いいように利用されてるのかもよ」
「だったら殺すぞ」
「いいよ」



あっさりと、そう言い放った。



「・・・どうしたんだ、今日なんかマジでおかしいぞ」
「そうだよ、今まで助けてくれるのをいいことに俺はお前のこと利用してた。助けて未来から来た家庭用猫型ロボットー、ってな感じでさ。
このまま首絞めちゃっていいよ、ご存知の通り人間なんでポイント押さえりゃイチコロだしね?大丈夫、土壇場で抵抗したりしないから一思いに、」



ぐい、と捻った腕を床とは反対側に更に倒す。喉の奥で息が詰まった音がした。



「俺はな、人殺しにはなりたくねーの」
「・・・さっき、殺すとか、言ったじゃん」
「真に受けんなよ、今日び小学生だって冗談で使うぜ」
「今日び、って、古っ・・・」



人を馬鹿にしたような笑い方は相変わらずだ。



「とりあえず、明日あたり筋肉痛になりそうだから、離してよ」



明日、という言葉になんとなく安堵して腕を離すと、慣性に従って床にぱたりと倒れた。手首の血は傷が浅かったせいか既に止まっている。うつ伏せだった体を仰向けにして長めに一度、息を吐く。室内なのにそれは白く広がってすぐに消えた。寝そべったままの奴に手を差し出すと冷たい指が縋るように掴んだ。



「冷たっ」
「俺は熱い心の持ち主だからね」
「言ってろ」



三角座りをしてすん、と鼻を鳴らす。鼻声で名前を呼ばれたので顔を上げたら、珍しく「ありがとう」なんて言われてしまった。



「・・・・やっぱおかしいんじゃねぇの」
「俺はいつでもおかしいらしいよ」



言葉の端が滲んで聞こえた。
なんだよもっと早く言えよ。しかもそれに気付かねーで死のうとするとか馬鹿だろ。強情で鈍感で馬鹿、救いようがないなこいつはほんとにもう、意味が解らない。



「まあ何だその、好きなだけ泣け」



胸でも肩でも背中でも、今日だけはどこでも何も言わずに貸してやるよ。






作品名:殺心未遂の顛末 作家名:蜜井