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雨 恋

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「国立で勝ったら優勝だぜ。日本中の高校の頂点に立つんだ! ……スゴくね?」
 笑顔の良に、
「……スゴい……かも……」
 考え込んでいた薫が笑顔になる。
「だべ?」
「うん」
「だから、絶対に国立のピッチに行くんだ! 国立で優勝して……」
「……して?」
 不意に言葉を詰まらせた良の顔を薫が覗き込む。
「して……。その、なんだ……」
 赤くなる良に薫はますます“?”である。
「後は、“当日のお楽しみ!”だよ!!」
「変なの」
 乱暴に言い捨てる良を見て、薫がクスクス笑った。
 そして、この年。県大会優勝まであと一歩の試合。折りしも、後半から降り出した雨は視界とピッチを悪条件に変え、ゴール前の混戦の中、敵のアシストミスのボールを取りに出た良とボールに向かってきた相手側のFWと守備をサポートする為に来た自軍のDFが雨のピッチに足を取られ、三人が縺れたまま滑るようにゴールポストへとぶつかった。DFの下にFWその下にGKの良。ボールの勢いと雨で滑った二人分の体重と自分の勢いを背負って、鈍い音と共に良の後頭部がゴールポストに激突した。試合は中断。すぐに起き上がったDFとFW。起き上がる事のない良。担架が運ばれ、良の身体が乗せられ、待機していた医師の顔色が変わる。
 スタンドの人を掻き分け、制止する係員の手を振りほどき、薫がピッチへと走り出る。担架の上の良の後頭部から流れる鮮血。
「やだーっ! 良ちゃーんっ!!」
 薫の悲鳴がピッチに響き渡った。
  ――――――――――――
 事故から一週間が過ぎようとしていた。あれから薫の世界は一変した。今まで“当たり前”だと思っていた事が、全て失われたのだ。
 あれは“夢”なの。……そう、“悪い夢”を見ていただけなの。だから、目を覚ませば、また“当たり前”の日々が戻ってくるの。
 いくらそう思っても、目が覚めない。
 だから、薫は実力行使に出た。この世界の自分が消滅すれば、きっと、目が覚める筈だ、と……。
「……今、行くね……」
 雨に濡れた歩道橋に掛けた手。グッと力を入れて身体をそれに乗せ……。まさに柵に飛び乗ろうとした瞬間、
「薫!」
 突然、後ろから肩を掴まれ戻されて薫が驚いて振り返った。
「何やってんの、お前?」
 笑うと右頬に出来る笑くぼ。
「良ちゃん!?」
 固まる薫に、良が傘を傾ける。
「何やってんの?」
作品名:雨 恋 作家名:竹本 緒