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死してなお

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 灰色の猫は、俺を見上げたまま何も答えなかった。答えられなくて当然なんてことは始めから分かっていた。思ったことが口をついで出てしまっただけだ。少し迷って、頭を乱暴にかいた。猫に名前があるのかないのか、遺言には何も書いてなかった。まあ、名前を呼ぶ機会ってのもないだろうと勝手に完結して、猫についての問題を放りだした。
「これからよろしくな。」
 たった一言の頼みが綴られた遺言には、この猫の世話も含まれているんだろうと思って、念のため猫に挨拶してみると、にゃあと不機嫌そうに返された。もしかすると、自分の名前について有耶無耶にされたのを悟ったのかもしれない。
 思いついた考えをけっ、と口に吐き出して馬鹿にすると、着流しの上から爪を立てられた。

 朝になったと思って起きてみると、すでに昼近くだった。やけに暖かいと思ったらと、目が覚めた瞬間に考えたが、ふと胸元を見ると猫が俺に身を寄せて頭を預けていた。これで猫が寝ていたら可愛らしいものだが、実際は青色の目をぱちりと開けてこちらを凝視していた。猫をどかしてしばらくしてから嫌がらせじゃないかと気付いたが、そのときにはすでに気まぐれな猫はどこかへ行ってしまっていた。
 死んだ奴の借家に住み始めてから一ヶ月がたった。始めのときと比べると随分俺に懐いたが、猫というのは本当にきまぐれで俺は中々あの猫の行動が読めなかった。元々、猫など道を歩いているときによく見かける程度のもので、猫を飼うという発想は今まで出てきたことなどなかった。しかし、よく日向で横になっている猫の頭をなでてやると、目を細めてのどをならすのは気に入っていた。自分の柄があまりよくないのは知っていたので、奴とは違ってあまり人から純粋な好意を受け取ったことのない自分には、その猫の反応は少し嬉しかった。
 起きた時間は中途半端だったが昼食まですきっ腹でいるのには耐えられそうになかったので、簡単に何か食べようと勝手へ向かった。借家のくせに立派なものだから部屋と部屋まで少し距離があって、木の板の廊下をずんずん歩く。その途中小さな庭に面する廊下を通り過ぎようとすると、ガラス戸の前で猫が座っていた。
 猫は小さくみゃあと鳴き、かりかりと戸に軽く爪を立てる。戸を開けて欲しいのだと催促しているのは一目瞭然で、息を一つついてから仕方なくガラス戸と雨戸を端から開けて順々に仕舞っていく。今日は非番なので一日中開けっ放しだなと考えていると、猫は開け放たれて庭へ楽に行き来できるようになった廊下で、いつもの場所へ行くとそこで横になった。丁度そこは廊下の真ん中辺りで、猫が日向ぼっこというやつをする時は、決まってそこで庭を眺めるようにして座るのだった。
 俺はその猫の様子を見て、少し迷ってから、結局猫の隣に腰をおろした。猫はちらりとこちらに目をやったが、すぐに庭のほうへ戻した。かわいげも何もない反応だが、いつか「猫はそこにいるだけでいいんだ。」という言葉をあいつから聞いたのを思い出して、少し眉をしかめた。
 女々しいのは好きじゃない。だが、かつて生きていた頃は親友だったあいつが、死んだという実感が未だにわかなかった。初めはあった妙な焦燥も、今は鳴りを潜めてしまった。もう一度、ため息をついた。
 何気なしに猫を眺める。青目の猫は、一体何を見ているのか、ひたすら一点を見つめ続けていた。あいつも、何か気になり始めると、とことん追及しないと気がすまない奴で、書物をひたすら見つめていた姿が、猫と重なった。そう考えると、あいつは猫とそっくりだ。何かに打ち込んでいると思えば、二週間後には別のことに手を出していたし、女は一週間ともたなかった。初恋は俺の母親で、お袋がなくなったときはとても落ち込んでいた。剣道もそのときにやめた。成人したときに、俺の親父が死んでからお袋を口説くつもりだったと、いらないことを聞いた。お袋以外の女にはさっぱり興味がなかったらしく、女を落とす過程が楽しくて遊んでいるのだと酒が入ったいつかの日に聞いた。猫がいたずらで、ねずみを捕まえては逃がし捕まえては逃がし、最後に殺してしまうのと発想がかぶった。猫がしても許されるのに、人間がやると最低野郎にしか見えないのは何故だろうか。
 あまりにも見つめすぎていたのだろうか、猫がこちらをちらっと見た。あまり見ていると、どこかへ行ってしまうかもしれない。先程まであいつとかぶせて考えていたため、どこかへ行かれてしまうのは遠慮したいところだ。
 ふと、赤い首ひもに目がひっかかった。少し、ゆるんでいるように見える。元々くくっただけだろうから、よく今までとれなかったなと、感心した。結びなおそうと手を伸ばすが、猫は俺の存在を無視することに決めたらしい。態度が少しそっけない。そんな考えに、俺はもしかして猫にかまって欲しいのだろうかと思わず考えてしまったが、首ひもをほどいた拍子に何かが落ちたのに気付いて俺の思考はそれに奪われた。白い、細く折りたたんで紐にくくられた紙だった。
 何だこれは、と思うと同時に、こんなことをするのは奴しかいないと理解した。何をやっているんだ、と無意識に呟いて、すぐに紙をひもからほどくとしわもろくに伸ばさず開いた。墨で書かれた、癖はあるが読み易い文章に、ああ、あいつだ、と口からため息がもれた。中身はこうだった。

『ようやく見つけたようだね、我が親友。私の予想では一ヶ月ほどかかると思っているのだが、君は私の予想を裏切ることができたかな。
 からかうのはこれぐらいにして、ひとまず先に礼を言おう。君がこの手紙を見つけることが出来たということは、私の遺言……というよりも私の最後の願いを、聞き届けてくれているということだ。ありがとう。今まで君におごらせなかったかいがあったよ。別に、金に困ったことはないんだけれどね。』

 ここまで読むと、何か無性に腹が立ってきた。礼を言われたところはいいのだが、最後が嫌みったらしい。おそらく無意識だろうということは簡単に想像できる。そこがあいつらしいといえば、あいつらしいのではあるが。一息ついて、再び目を走らせる。
作品名:死してなお 作家名:こたつ