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さらばしちはちくがつのなきがら

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先輩




上級生の教室というのは、昼間だって足を踏み入れただけで竦むほどの違和感がある。
だけど学校全体がてのひらかえしたように他人顔する放課後の、そこであなたは、
俺を待っているようなそぶりをする。

「すずきくん、ポロシャツ持ってないの」
「ん、うん」
「なんで」
「いや……、なんか、似合わないだろうし」
「んなことないやろー」
「運動部じゃないし」
「室内組やって着てるやんか」
「……着てほしいの?」
「え」

何事か仔細に書き込んでいる日誌から目は上げずに語尾だけを上げて、すずきくんは大人みたいだ。
ひとつしか違わないくせに。

俺がすずきくんを初めて見たのは、帰りの電車のなか。
バイトのために行きとは違う電車に乗る俺にとって、すずきくんは夕方の人で、いつもオレンジ色だった。
それが突然にすずきくんがバイト先の楽器屋に現れたことによって、
俺達は急激に、というか俺から一方的に、距離を縮めることになる。
だけど、学年が違うからつるむとすればやっぱり放課後くらいで、すずきくんは依然オレンジ色だった。

「ちぇー」
「何」
「べつにい」
「なんなの、」

声がわらいを含んだ。
それでも筆記の音は途切れずに聞こえて、俺は突っ伏した腕の隙間から彼を盗み見る。
一体何をそんなに書き置くべきことがあろうか。
言えばきっとさとうくんはB型だから、とあしらわれるに違いないのでやめておいた。

「すずきくんはさあ、」
「うん」
「気にしすぎちゃうん、なんか、体裁とか」
「……え、」

驚いた顔と目が合う。
俺の倍はあろうかという大きな目がまっすぐ、これはすずきくんの癖で少し上目気味に、見つめてくる。
印象よりはよく喋る、けどやっぱりどこか人に対して構えるところのあるすずきくんが、どうして目だけは射抜くように相手を見つめることが出来るのか、俺はふしぎでしようがない。

「……さとうくん、」
「な、なに」

シャーペンを置いた手が日誌を閉じる。
まばたきをしても揺れない瞳に射抜かれたままの俺は、机に横付けした椅子の上でたじろいだ。

「そんなふうに見えるのは心外」

ふいと顔を寄せられて、すずきくんがオレンジ色でなくなる。

「俺、すっごい不道徳な人間だよ」
「……すずきくん、」
「ポロシャツもね、持ってないのは色気がなくて嫌いだから」

窓辺の彼のシャツの袖を、西日が透かした。
逆光を受けた二の腕のやわらかい線と髪の色が非現実的で、くちびると喉元、ひとつ外されたボタンの奥に見える骨格の陰影はやけに生々しかった。

「今日は、バイトはないの、」

そのくちびるが何を言っているかなんて、もうわからなくて、
ただ、伏せられたまぶたにオレンジ色からの脱却を思った。