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チューリップ咲く頃 ~ Wish番外編② ~

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「あら?」
 その日、買い物の帰り道。公園の三段の階段、最後の一段を踏外した慎太郎がコロンと転び、そして起き上がった姿を見て、母の香澄が微笑んだ。
「シンちゃん、泣かなかったね。偉いね」
「ボク、泣き虫じゃないから」
 そう言って、膝の土を払う。
「『ボク』?」
 一人称の違いに香澄が戸惑った。
「もうすぐ『幼稚園』だから。赤ちゃんじゃないから」
 キュッと結んだ口を見て、クスクスと笑いがもれる。
「『お兄ちゃん』なんだ?」
 差し出された母の手を握り、
「うん」
 慎太郎が頷いた。
「木綿花、泣き虫嫌いだって言ったから、泣かないの、ボク」
「木綿花に嫌われたくないんだ?」
 そう! と顔を上げる。
「木綿花、お嫁さんになるんだ」
「シンちゃんの?」
 頬を染めて慎太郎が頷く。
「……そっか……」
 そんな慎太郎に香澄が困ったように笑う。
「木綿花の事、好きなんだ、シンちゃん……」
 そんな母の顔を見て、慎太郎が小さく首を振る。
「えっとね……お母さんも好きだよ! 木綿花もお母さんもおんなじ位、大好きなの!」
「ありがとう。お母さんも、シンちゃん、大好きよ」
 笑顔の母を見てエヘヘと笑うが、
「木綿花はね……シン……ボクの事、弟みたいに好きなの……。おんなじ四歳なのに……」
 としょんぼり。そして、
「お誕生日だって一緒なのに……」
 深々と溜息をつく。その仕草が可愛くて笑いそうになるのを懸命に堪える母。
「だから、“泣き虫”じゃなくなって、お兄ちゃんになるの!」
 キッと目を上げ、母を見る小さな慎太郎。
「一生懸命だね、シンちゃん……」
 小さな息子の真っ直ぐな瞳を見て、母が頷いた。
「じゃ、お母さんも頑張ってみようかな……」
 首を傾げる慎太郎に、耳打ちをするかの様にしゃがみ込む。
「……お仕事、始めてもいい?」
「『お仕事』?」
 不思議そうに母を見る。
「シンちゃんも幼稚園だし。そろそろ、生活費くらいは自分達でなんとかしなくちゃ!」
 ね! と慎太郎を見るが、小さい慎太郎にはピンとこない。
「朝は一緒に幼稚園まで行くけど、帰りは、木綿花と一緒」
「……お母さんと一緒に幼稚園に行って、お迎えは、香苗おばさんが来る……の?」
「そうよ」
「それで、お母さんが帰ってくるまで、木綿花の所にいてくれる?」
「木綿花といるの? ずっと!?」
 慎太郎の顔が輝く。
「平気?」
「うんっ! 平気っ!!」

  
 ……だと思っていた、入園二週間後。
「木綿花が言ったから、ボク、頑張ってるんじゃん!!」
 慎太郎が積み上げていた積木を払い倒して、部屋を……伊倉家を飛び出して行った。
 あまりの騒ぎに木綿花の母が覗きに来た時には、慎太郎の姿はなかった。
「木綿花、シンちゃんは!?」
「知らなーい」
 何事もなかったかのように、慎太郎が崩した積木を片付けながら木綿花が返事を返す。
 いつもニコニコ笑っている慎太郎が飛び出すなんて、余程の事だ。
「何をしたの!?」
 木綿花母が、娘に詰め寄る。
「何もしてないよ。聞いただけだもん」
 片付けた積木の前で膨れる。
「何を聞いたの?」
  ―――――――――――――――
 幼稚園を越えて少し行くと川に出る。ちょっと大きい川だから、川原へは降りられないように土手があり、そこに柵が張られている。
 その柵の隙間に足を出して、慎太郎は座っていた。
 紅くなりかけた太陽が川面に反射して、キラキラと光っている。まるで、飛び出して来た事を戒められているかのように思えて、川面から目を反らす。
 と……。
「どうしたんだい?」
 隣にスーツ姿の男性がしゃがみ込んだ。
「木綿花とケンカしたの」
 “初めて会う”“知らない人”に慎太郎が答え、男性が慎太郎の園服の名札をチラリと見る。
「“ゆうかちゃん”って、お姉ちゃん?」
 ムッとした慎太郎が、男性を睨みつけた。
「“お姉ちゃん”じゃないもん! お誕生日、一緒だけど、ボクのが“お兄ちゃん”になるんだもんっ!」
「お誕生日が一緒なんだ?」
 問い掛けに慎太郎が頷く。
「なのに、お姉ちゃん振るの。だから、ボクがお兄ちゃんになって……なって……」
 自分で言っておいて、勝手に赤くなる。その様子に、男性がピンと来る。
「しんたろうくん、ゆうかちゃんが好きなんだ?」
 びっくりして顔を上げるが、微笑む男性にまたもや黙って頷く。
「好きなのに、ケンカしちゃったんだ?」
 慎太郎と同じ様に、男性も柵から足を投げ出して座った。
「木綿花が“泣き虫嫌い”って言ったから、ボク、泣き虫じゃなくなったの。だから、泣かなかったのに……」
 慎太郎が園服の裾をギュッと握り締める。
「何か言われたのかな?」
「“お母さん、お仕事でいないのに、なんで平気なの?”って……」
  ―――――――――――――――
「そんな事、言ったの!?」
「だって、慎太郎、お父さんもいなくて、お母さんの香澄ちゃんもいなくなっちゃうからウチで預かってるんでしょ? なのに、泣かないんだもん。淋しくないのかなって思ったんだもん! あたしは、ママがいなくなったら、絶対に泣いちゃうから!! ……だから……」
 いつもは泣かない木綿花が泣き顔になる。
「……だから、“偉いね”って言おうと思ったのに……」
 子供同士の会話は、気持ちより言葉が劣る。
 涙を浮かべて俯く娘に、香苗が微笑んだ。
「シンちゃん、探しに行こう」
 ね? と微笑む母に、木綿花が目を丸くする。
「探して、“偉いね”って言ってあげよ?」
「うん!」
  ―――――――――――――――
「平気なんじゃないもん……。でも、ボク……お兄ちゃん、だから……。泣き虫だと、お母さん……心配する……から……」
 唇をかみ締める慎太郎の身体がフワリと浮いた。と、思ったらストンと何かの上に下ろされた。あれ? と思った慎太郎の目の前に、男性のネクタイが見える。男性の膝の上に抱き上げられたのだ。
「ここだと、みんなからは隠れるけど?」
 見上げたすぐ上に、男性の優しい笑顔。
「我慢は良くないよ」
 微笑む穏やかな声に、
「……ふ、ぇ……」
 慎太郎の瞳が涙でいっぱいになる。
「おじさんもね……」
 泣きじゃくる慎太郎の頭を撫でながら、男性が語りだす。
「大好きな人と、ケンカしちゃったんだ……」
 囁くような低い声が心地いい。
「……でも……、しんたろうくんと同じで、彼女も一生懸命だったんだなって、今、やっと気が付いたよ……」
 慎太郎を膝に抱いたまま、
「意地を張らずに、今度、ちゃんと謝らなくちゃ……」
 男性が微笑んだ。
「“意地”?」
 鼻を啜りながら、慎太郎が顔を上げる。
「自分の思ってる事が間違いだと分かったからね。しんたろうくんは、ずっと“我慢”するの?」
「ダメなの?」
「ダメではないけれどね……」
 男性が慎太郎の頭を撫でながら、
「“ここ”が……」
 慎太郎の胸をツンと指す。
「“ここ”が辛い時は、素直に言わなきゃ」
「……でも……。お母さん、困っちゃうよ……」
「そうだね」
 上着のポケットからハンカチを出し、慎太郎の頬の涙を拭いてやる。