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ギャロップ ――短編集――

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【プライド】



 昨日、客のくれたバラの花束を持ち帰った。しかも、昨日のあたしは何を思ったのか、それを寝室に置いてしまった。クイーンサイズのベッドを置いたらいっぱいになる部屋の扉は、ピッタリと閉めて眠りについた。ちゃんと覚えている。酔ってなかったし、倒れるほど疲れてもいなかった。
 そして今、思いっきり後悔している。存在感のある甘ったるい香りは、あたしの趣味ではなかったな、と吐き気をもよおした。

 空が白み始めたころ、ずるずると現(うつつ)に引っぱられていた。まだ寝れるはずだと気持ちよく二度寝に戻ろうとしたら、これだ。枕に顔を埋めてみたけど、苦しくなってすぐにやめた。バラのむせるような匂いに、頭の芯から覚醒してしまった。
 自分で招いた事とはいえ、予期せぬ事態だ。もう、眠れそうもない。
 悪夢なら醒めれば終わるのに、醒めた途端に現れた悪夢のような空間。
 寝覚め、最悪。

 『なぜ君が、こんなところで働いているのかがわからない』
 そんなメッセージカードが添えられていたのを思い出す。読んで、その場で捨ててしまった。
 腹が立つのと同時に、嬉しくもある。ストリッパーを見下している目線の先に、あたしにはそれ以上のものがあると言ってくれているからだ。
 下卑た笑いが出た。

 高級ストリップクラブの売れっ子ダンサー。この地位を築くためにあたしがしてきた努力を、花束の贈り主は知らない。
 いや、努力なんて見えない方がいい。
 小さなステージの上に咲く大輪の花は、理由なく美しい方がいい。謎めいていて、妖艶で、人を虜にする花に、裏での頑張りなんて見えない方がいい。そこにあって、いつも美麗。そうありたいと心から思っている。
 掛け布団を蹴り上げて、ベッドから下りる。ちっとも治まらないバラの香りを追い出そうと、勢いよく扉を開けた。

 あの花束は、楽屋に置こう。体中に絡みつく甘ったるい香りは、あたしにとって良いスパイスになりそうだ。
 バラなんかには、絶対に負けない。



◆お題:『早朝のベッド』で、登場人物が『思い出す』、『花束』