小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

~Rose Garden~

INDEX|2ページ/3ページ|

次のページ前のページ
 



病院を出て,遅めの昼食を取ろうと,スタバへ行く。
腹なんて全然減っていなかったが,追加されたステロイドの薬を飲まなければならない。
ステロイド内服薬は,胃酸が出るから,必ず食後にと言われた。
・・そういえば,食欲はあるかと聞かれて,普通にあると答えたが・・
昨日も咳のせいで夕食は取っていない。
朝は,昨日の夕食を少しだけつまんだ。
昼の2時をすぎても,食欲はあるとは言えないかもしれない。
・・・まぁいいか。
主治医が心配していたのは,逆流性食道炎だ。
単に,胃が小さくなっただけだろう。
食って胃が痛くなったり,胸やけがしたりとかそういうことは全くない。
食おうと思えばそれなりに食える。
今までの半分ぐらいの量だけど・・今までが異常と言えた。
「大病ダイエット」なんて,職場で冗談まじりに笑って話していたが,あながち間違いではない。
ここ2か月,なんだかんだで,5キロは落ちた気がする。

スタバでサンドイッチと甘いホワイトモカを腹に入れ,なんとなくぼんやりと,平日昼間のショッピングモールを歩く。
なんだか,いつものスピードでも歩けない。
のろのろとぼんやり歩き,モールの一角にある場所にたどりついた。

「ローズガーデン」
そこには,白い薔薇で覆われた,古井戸を模したモニュメントがあった。
まるで,古代遺跡を思わせる石造りの壁や椅子や門。
ほぅっと息をついて,全体が見える場所に腰を下ろす。

こういうのは,好きだ。
なんか,懐かしくて,安心する。
逆に,巷に溢れかえっているクリスマスは嫌いだ。
どこでも流れている,クリスマスソング。
ウキウキすると,楽しいと,どうしても思えない。
クリスマスは,なんでだか,悲しい。
クリスマスに何かあったわけでも全然ないんだが・・子どもの頃から,クリスマスが,聖歌が,せつなかった。

どこか,少し安心した気持ちで古井戸を眺める。
今日は,別に寒くはない。

「病気に負けないで頑張って」
なんて,良く言った言葉だ。
こんな死なない程度の,はたから見たらどってことのない病気でさえ,自分は参っている。
まさに,死の淵で戦っている子どもたちだっているのに。
情けない。
その子らのほうが,よっぽど強い。

肉体と精神はつながっている。
肉体が弱れば,精神も弱る。その逆もしかり。

俺の精神が脆弱なのは,これでもかというぐらい知っている。
それでも,強くなったと思っていた。
克服したと思ってた。
でも・・・やっぱり,あんま変わってねぇな。
「死にたい」と心底思っていた,あの頃と。
精神と肉体が,相互作用で弱まっていく悪循環を,ひしひしと感じる。
でも,あの頃と決定的に違うのは,「死にたい」のではなく,「生きたい」がゆえの悲壮感だった。

生きたい。
仕事がしたい。
夢だってある。
食って,動いて,寝て,楽しいことをたくさんしたい。
でも,体が言うことをきかない。
思った通りにできない。
ままならない,もどかしい。
周りに迷惑をかけたくないのに,どうしようもならない,ダメな自分。
どってことない病気にすら,気力を奪われそうな自分。

グルグルとそんなことを考え,自己否定に陥りかける。

・・・・ならば,どうしたらいい?
どうしたら,強くなれる?
お前は,何ができる?

唐突に思考が行き着いて,はたと気が付いた。
そうだ。
いつまでも,ここにいてはダメだ。
とりあえず,帰ろう。
帰って,自分のできることをしよう。

「ローズガーデン」の古井戸は,船でたどり着いた子どもたちの笑い声とともに,息を吹き返した。
ずっと枯れていた古井戸が,水を溢れさせて生き返り,子どもたちと街を作った。

ーーーそんな,ガラス板に彫られた物語を頭によぎらせながら,ようやく重い腰をあげた。

家に着いたころには,もう夕方だった。
家の中の様子は,悲惨といっても過言ではない。
ちらかっている新聞紙。
たまった洗い物と洗濯物。
とりあえず,一休みするために腰を下ろす。
薬のせいか,だいぶ動くのも楽になった。
咳もあまり,出ない。
・・・ちょっとだけなら,いいか?
昨日から吸えなかった煙草に手を伸ばす。
どうやら,やらなければいけないことに,「禁煙」は入っていないらしい・・・
いや,一番やらなきゃダメなんじゃねぇの?
と,苦笑しながら自分にツッコミを入れつつも,火をつけてしまった。
肺に入れないように気を付けながら,ゆっくりとふかす。
うん。なんともない。大丈夫だ。
いつも通りの自分の動作ができて,少し安心する。

一服したあと,たまった洗濯物を片付けにかかる。
ここの所,一日の仕事のあとに帰ってきて,洗濯をすることすらおっくうだった。
新聞紙を片付け,洗い物に取り掛かる。
ずっとサボっていた・・というか,できなかった自炊もする。
食材がそろそろ腐りそうだし。

仕事終えて,遅くに帰ってきた相方は,俺が洗濯や料理をしていたことに,ひどく驚いていた。
「大丈夫なの?」
という問いに,
「動けるか確認してた。問題なさそうだ。一日休んで元気になったし。」
と答えた。
「そう」
と言った相方は,嬉しそうだった。

久しぶりの自炊に,相方は「美味い」を連発してくれた。
ここの所,店の弁当しか食っていなかったから。
美味い飯を食えば,自然と楽しい会話になる。
なんだか,相方と笑い合って話をしたのは,久しぶりな気がする。

・・・そっか。
なんだ,簡単なことじゃないか。
こうやって,できることをコツコツやって,笑って日常を過ごす。
自分にできることを,できる範囲で。
できないことやできない時だってあるけど・・・
できることを,やるしかないんだ。
先を読むことも大切だけど・・
いつも後ろ向きな思考の俺にとって,先読みはあまり良くない。
毎日,できることを,積み重ねる。
できなかったら,その時に考えて修正する。
・・・うん。
シンプルでいいじゃないか。

今日,何ができたかって言われれば,たいしたことない家事だけだけど,
それでも,昨日できなかったことができた。
それを評価してあげればいい。

そして・・
自分の状況を正確に把握しなくてはいけない。
今まで,無造作に扱っていた自分の身体。
病院に行って,薬さえ飲めばいいと思っていた。
でも,そればっかりじゃダメだ。

さぁ,案外丈夫じゃなかった自分の身体だけど,何ができる?
案外丈夫じゃない自分の身体に,何をしてやれる?

とりあえず,明日職場に行って,正直に話そう。
迷惑かけるけど,本当に申し訳ないけど,怖いけど・・・
運動だって,体育だって,外遊びだって思いっきりやりたいけど・・・
ちょっと,自分に枷をはめよう。
そして,どこまでが自分の身体が大丈夫なのか,見極めよう。
まずは,それからだ。

毎日毎日,一歩一歩。
「コツコツ」って言葉,すごく嫌いだったけど,悪くない。
今の俺にできるのは,これだけだ。

少しだけいつもの自分を取り戻した俺は,なんだかすごく幸せな気分だった。

                         2010.12.07


作品名:~Rose Garden~ 作家名:碧風 -aoka-