小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

笑顔の反発 【Fantastic Fantasia】

INDEX|1ページ/3ページ|

次のページ
 
笑顔の反発 [Fantastic Fantasia]


 店の中でコウはレンの向かいの席に座り新しい店の住人を観察している。明るい金の髪の少年は深い海の様な蒼色の眼で不釣り合いな分厚い皮の表紙の本を読んでいた。その前には史間が淹れた紅茶が置かれている。
「ねぇレン」
 コウは話し掛ける。
「何だよ」
 本から顔を上げずにレンが応える。
「史間のことなんだけどさ」
 レンが動きを止めて一瞬後に何も無かったようにページを繰る。
「……後で良いよ」
 レンの雰囲気が怒ったように変わったのでコウはその場を後にした。

 レンは最近この街にやって来て店を訪ね史間に気に入られ、今は店の二階に下宿している。気に入られて一緒に住むくらいだから仲が悪い訳が無い。無いのだが最近二人の間はぎくしゃくしているようにコウには感じられた。互いに遠慮し合っているというか、それが前から史間と暮らしているコウには居心地が悪くて仕方が無い。しかも彼ら自身はそのことに気付いていないようである。にこやかに話していたかと思えば目を離した内に別々の部屋で仏頂面をしていたりする。史間はそんな顔をすることすら珍しい。二人とも面の皮は厚いのだからたとえ相手が嫌いになろうとも雰囲気まで完璧に隠し通す筈だ。大体史間自身「良い友人になれると思う」とレンに言っていたではないか。
 もんもんとする考えを抱いたままコウは史間の気配を辿って部屋に行った。
「シアー」
 史間は本を置き過ぎて図書室の様になってしまった部屋で本を探していた。
「……何してんの」
 梯子の上で何冊も本を抱えて尚届かない本を取ろうとしている史間にコウは呆れた声を出す。
「ああ、コウ。少し手伝って下さい。レン様に頼まれた本を探しているのですが、手が届かなくて」
 なんだ仲良いじゃん。
 コウは心配していた自分が馬鹿らしく思えて嘆息すると史間が探している辺りの本棚に乗る。
「どれ?」
「あの奥の方に背表紙の端が見えているやつだと思うのですが」
 何重にも本を本棚に入れているせいで奥の方は暗くなっている。そこで史間が示した物を確認しコウは腕を伸ばした。確かにこれでは届かない。
「そういやそのレンなんだけどさ、」
 コウは自分が本の間へ身を乗り出すようにしながら声を出す。後ろからがたがたっと音がして振り返ると史間が支えていた本が崩れ何冊も落下していた。それを史間が驚いた様に見ている。
「大丈夫? あ、俺の本混じってるじゃん。大事にしてよ」
 コウは一旦本棚を降りて史間と共に本を拾う。
「レン様がどうしたんです?」
 一瞬史間の本を握る手の強さが強くなった気がする。
「……高台に星を見に連れて行ったら良いと思うんだけど」
「ああ、それは良い考えですね。レン様にも都合があるでしょうから伺っておきましょう」
 こう言うとは何時までも訊かないつもりだな、とコウは思う。
「俺が言っとくからさ、今夜にでも二人で行って来れば?」
 コウは再び本棚に上がり先ほど言われた本を取って来る。
「これでいい?」
「ええ、でも……」
 コウは難しい顔をしている史間を置いて部屋を出た。

「レンー」
 コウが店に戻ると先程と同じ所にレンがいた。
「これ、史間から」
「サンキュ」
 レンは嬉しそうに本を受け取る。その顔を史間にも見せてやれよ、とコウは心の中で思った。
「史間がさ、最近ちょっと疲れてるみたいだから今夜辺り高台に星を見に連れて行ったら良いと思うんだよな」
 レンは本を読みつつ肯定する。
「じゃ、俺出て来るから宜しく」
 コウは片手を上げて挨拶に代え店のドアに手を掛ける。
「は? お前が連れてきゃ良いじゃねぇか!」
 レンが怒った様な笑った様な顔を本から挙げていたがコウは無視した。
「さて、何処へ行きますか」
 外の澄んだ空気の中でコウは伸びをする。ったく、と言った類の呟きをレンが店の中で吐いていた。

「レン様、コウ知りません?」
 日が暮れたので明かりを灯しに来た史間がレンに声を掛ける。
「ああ、あいつなら出て行ったぜ」
「えぇ?」
 なんとなく二人とも黙り、同時に口を開いて笑いあった。
「コウが高台に星を見に行ったら良いと言っておりました」
「俺にも言って行ったよ。シアと行ったら良いってさ」
「言った本人がいないんじゃねぇ」
「置いて行こうぜ」
 二人はにっこりと笑いあうとそれぞれに上着を取って来て店の戸締りをした。
「レン様、下の道を使われますか?」
「いや、どっちでも良いけど。そういやお前は風使いか」
 史間は微笑むと右手を首の辺りに挙げペンダントを掴む。ペンダントトップが碧に輝き、二人の周りで風が起こった。
「見事なもんだな」
「お褒めに預かり光栄です」
 緑の龍の頭に乗って二人は街の上空へと昇っていた。界下に街の明かりが星屑の様に広がっている。
「高台より此処で良いんじゃね? ほら、星」
 レンの視線を追うと史間も星を見ることができた。龍の頭の上で寝転んだレンに史間はくすりと笑い高度を上げる。中層雲を抜け、眼下が厚い白い雲になった辺りで上昇を止める。先程より開けた視界に街明かりに隠された星までもが見えるようになる。
 二人は暫く黙って星を見ていた。
「……コウが知ったら怒るでしょうか」
 史間がポツリと呟く。
「あいつなら一人だって星を見に来れるさ」
 レンは寝転がったままで応える。
「レン様、」
 すみません、と続けようとした史間の言葉をレンは指の動きで封じた。
「後悔する位なら初めから動くな動かすな」
 そういう表情を表わす自体珍しいことだが、泣きそうにも見える顔で見下ろしてくる史間をレンは躊躇い無く見上げる。その眼には様々な感情が海の様に波打ち、結局何の意味も読み取れない。
「レン様、」
 拒んではくれないのですか、と史間は息が掛かるほど顔を近付けて呟いた。
「理由がねぇからな」
 相変わらず表情を映さない眼でレンも呟くように応えた。
 そうして二人の距離は零になった。