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優しい殺意

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声に出さないまでもエリオットの疑問を感じ取ったのだろう、彼女は優しい笑みを浮かべたまま口を開いた。
「私には恋人がいました。
 あの人は町の相談役の跡継ぎでした。
 しかし私はお金や権力が目当てであの人を好きになったわけではありません。
 妹と共に野菜を売りに町に行った時に私達は出会いました。
 何度も町ですれ違い声を掛けられる度に、優しいあの人に私は心を惹かれていきました。
 好きだと告げられたのはそんなある日のことでした。
 私は彼の言葉を受け入れました。
 私は私なりにあの人を愛していましたし、あの人も私のことを愛してくれていると思っていました。
 私は幸せでした。
 隣には可愛い妹と優しい恋人がいつもいました。
 ……それが偽りの幸福だとも知らずに。
 私は愚かだったのですよ。
 自分の幸せしか目に入らなくて、大切なものを見落としてしまった。
 私の幸せのために犠牲になっている人がいることを、私は気付けなかったのです」
彼女の顔から段々と表情が抜け落ち、声は硬質になっていく。
機械のように言葉だけが坦々と紡がれる。
「半年前、秋の収穫祭を目前にしたある日のことでした。
 妹があの人を連れて帰ってきました。
 お帰りと私が言うと彼女は俯いて小さな声で『ただいま……』とだけ言いました。
 様子がおかしいので、私はどうかしたのかと尋ねました。
 病気にでも掛かってしまったのかと思うと不安でたまりませんでした。
 大切な人が父のように死んでしまうことを私は恐れていたのです。
 でも彼女はゆるゆると首を振り『何でもないよ』と答えました。
 そしてあの人といっしょに家に入ると、妹とあの人はいつもの定位置に座りました。
 お茶でも淹れようと思い私が席を立つと、妹は身を乗り出して私の服を掴みました。
 私が今までに見たことがないほど必死な表情をしていました。
 心なしか新緑色の瞳が潤んでいるように見えました。
 『お茶はいいから、お姉ちゃんに話したいことがあるの』
 彼女が余りにも必死に言うものですから、きっと深刻なことなのだろうと、私は心を引き締めて椅子に座りました。
 しかし妹ではなくあの人の口から飛び出したのは、私が全く予想できない言葉でした。
 『俺と別れてほしい』
 突然の申し出でした。
 妹が悲しそうに顔を歪めたのが目に入りました。
 理解するのには時間が掛かりませんでした。
 そして何故妹とあの人がいっしょに来たのかも、私は知ったのです。
 できるだけ冷静にあろうとしましたが、自分でも声が震えているのがわかりました。
 『……いつからなの?』
 『……一ヶ月前から』
 私の問いかけにあの人は静かに答えました。
 一ヶ月も前からだなんて!
 それなのに私は全く気付かなかったなんて!
 暫くの間、重い沈黙が私達の上に圧(の)し掛かりました。
 私は無理矢理に笑顔を作って言いました。
 『絶対に、妹を幸せにしてください……』
 あの人は少し驚いたように、でもすぐに笑顔になって『わかった、約束しよう』と言ってくれました。
 何故私はあの時、妹が悲しそうにしていた事に気付けなかったのでしょうか。
 しかし、今更私が自分の愚かさを悔やんでも何も変わることはありません。
 全てはもう既に、起こってしまった事なのですから」
それでも後悔せずにはいられないと、彼女は自嘲的に微笑む。
その笑顔がエリオットの胸に小さなトゲになって刺さる。
しかしエリオットは何も言えず、ただ黙って耳を傾ける。
「二人は仲むつまじく見え、町でも噂されるようになりました。
 私も、それを否定しようとは思いませんでした。
 二人が並ぶと、それが何処であろうと一枚の絵画のように美しい空間が出来上がりました。
 悲しくなかったとは言いません。
 ですが私は美しい妹と妹の夫になるだろうあの人を見ては、誇らしい気持ちになったものでした。
 あの時の私の選択は間違っていないと、そう思えたからです。
 そして今から半年前、ついにあの日が訪れました」
「あの日……とは?」
思わず、といった風情でエリオットが口を挟むと、彼女はほうっと息を吐き出した。
「妹とあの人の、婚礼の日です」
彼女は仮面の笑みを浮かべる。
「白いドレスを着た妹の美しさは口では言い表せない程でした。
 しかし妹は浮かない顔で、式の前に会いに行った私に何度も何度も謝るのです。
 『ごめんなさい、ごめんなさい』と。
 私には何故彼女が謝るのか理解できませんでした。
 結婚したからには今までのように会うことができなくなったりするでしょうが、妹が幸せになってくれれば私はそれで十分だったのです。
 もしかしたら結婚式直前なので感情が高ぶっているのかもしれない、私からあの人を奪うような形になってしまったことを優しいこの子は未だに気にしているのかもしれないと思い、私は今にも泣き出しそうな妹を抱きしめました。
 ふわりと甘い花の匂いが香りました。
 この子が幸せであるようにと、私はそれだけを祈りました。
 式は村にある唯一の教会で行われました。
 ステンドグラスを通って色づいた光が祝福するように妹とあの人の頭上に降り注いでいました。
 二人は神父様の前で永遠の愛を誓い、口付けを交わしました。
 華やかな式でした。式の最後に妹が投げたブーケは宙を舞い、私の腕の中に納まりました。
 妹の顔を見て、彼女が私の方に投げてくれたのだとわかりました。
 何という名前の花かは知らないけれど、薄いブルーの花と小さな白い花で作られた可愛らしいブーケでした。
 私はこっちを見ている妹に手を振りました。
 感謝と惜別の思いを込めて、できるだけ大きく手を振りました。
 妹は今にも泣きそうな顔で笑っていました。
 式が終わって、私は一度ブーケを家に持ち帰り、水を張った桶の中に入れておきました。
 花瓶など家にはなかったのですが、折角妹が私に投げてくれたブーケですし、どうせなら長く飾っておきたいと思い、花屋の女将さんに手入れの仕方を聞きに行こうと家を離れました。
 きっとその間に妹は家に帰ってきたのでしょう。
 結婚したと言っても、まだ妹の荷物は家にありました。
 その日は、結婚した妹が実家で過ごせる最後の日だったのです。
 町に行くついでに、酒場の隣にある店に寄って塩などを買いました。
 妹は結婚してしまったのですし、これから先にいつ会えるかわかりません。
 ですから、できる限りのご馳走を作って送ってやろうと思いました。
 座っていた店の方に、後で取りに来るから置いておいてほしいと頼んでから、私は花屋に向かいました。
 花屋に行くために通った酒場の前は大変賑やかでした。
 あの人の行きつけの酒場でしたので、きっと結婚祝いでもしているのだろうと、私は外から酒場の中を覗きました。
 予想通り、奥のテーブルにあの人は座っていました。
 友人らしき人たちが三、四人、あの人を囲むように同じテーブルに着いていました。
 そんなに広い店ではありませんので、その中の一人が口にした言葉ははっきりと私の耳に届きました。
 『しかし、お前もよくやるよなぁ!』
 感心と呆れが入り混じった言葉はあの人に向けられていました。
作品名:優しい殺意 作家名:真野司