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君が世界

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 イゼルは、何か警戒しているのだろう、表情が消えてどこか近寄りがたいような雰囲気を発している。青い目がさえざえと女性を見据えている。そういえば最初に目覚めたときには、すごく睨まれたのだったか。ああいう突き刺すような目ではなかったが、今の視線も、あまり向けられたくない類のものだろう。
 女性はおびえているようだし、何か言ってやりたいが、サヤカにはまったく話の流れがわからない。ついでにそもそも声が出ない。しかたないのでおとなしくサリューの喉を掻いてやったりした。
「……守りが来ないのです」
 女性は唇を噛んだ。イゼルの目が少しだけ揺らいだ、気がした。
 しかし彼が口を開くよりも早く、ばたばたと宿の主人がやってきて、彼女の頭をつかむように下げさせた。
「申し訳ありません! うちの娘がとんだ失礼を! お前も謝りなさい!」
「……守りが来ない?」
 イゼルがぽつりとつぶやくと、主人はうなずいた。
「ええ、先の戦で導師様がひとり亡くなられたそうで。踏ん張りがきかんのでしょう」
「ハミッツに砦があるだろう」
「なしのつぶてですよ」
 主人は肩をすくめる。
「噂じゃ都で何かあったようですけどね。まあ、旅の方には関係のない話です。申し訳ない」
「……亡くなった導師の名は?」
「ええと、たしか<大嵐>様でしたか。お知り合いですか?」
「いや……」
 イゼルはゆるく首を横に振った。なんだかつらそうに見えたので、サヤカは手を伸ばしてイゼルの頬をそっと撫でた。イゼルがその手をぎゅっとつかむ。
 ふいに、宿の主人の手を振り払って女性が声を上げた。
「名を!」
「おい、馬鹿、」
 女性は涙混じりの声で、ほとんど叫ぶように言う。
「導師なんでしょう、力があるのに、どうして助けてくれないの!?」
 女性が一心に見つめているのは、イゼルではなくサヤカだった。
 サヤカがわからないなりに立ち上がると、ざわめきが取り囲む。宿の主人が床に頭をつけんばかりに這いつくばった。
「も、申し訳……っ」
 サヤカがじっと女性を見つめると、彼女は両目からぼろぼろと涙をこぼしながら、それでももう一度言った。
「名を教えてください……」
(名前に何か意味があるの?)
 名前くらい、とサヤカは思ったが、名乗ろうとしても言葉が出てこない。声が出ないのは元からだが、そうではなく、名乗ることを自分の中の何かが拒んでいるのを感じた。
 イゼルがそっとサヤカの肩に手を置いた。
「……彼女は導師ではない。誓約の名を持たない」
 そんな、と女性が呻いて泣き崩れた。
 イゼルは立ち上がると、サヤカを促してその場を辞した。
作品名:君が世界 作家名:なこ