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彼との距離は37センチ

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  ◆


「お、あかねー。今日こそクレープ屋行こうよお」
「あ、うん、いいよ」
 それから、桂太とは一緒に帰らなかった。
 なんだかどう接していいのかも分からなくて、学校が終わった後も友達と遊びに行ってばかりいた。
 誕生日プレゼントも渡しそびれて、ずっとそのままだ。

 放課後、先生に頼まれて、授業で提出されたプリントを職員室にまで持っていこうしていた。それも結構な量で、ひとりで持っていこうとしたのを、歩き始めてから後悔していた。
 空は晴れ晴れとしていて気持ちがいいはずなのに、なんだか憂鬱になってくる。
 両手でプリントの束を持ち、よたよたと歩く。
 そしたら、目の前に見慣れた人影が見えた。
 桂太だ。通学鞄を背負ってこっちを見ている。
 目が合って、どうしたらいいのか分からなくて、思わず立ち止まる。
「……久しぶり」
「うん」
「部活は?」
「今日は休み」
「そっか」
 どうでもいい会話だけして、あたしはそのまま立ち去ろうとする。
「手伝うか? それ」
 桂太が、あたしが抱えているプリントの山に手を伸ばそうとする。
「いい、だいじょ、ぶ」
 プリントを桂太から反射的に隠そうとした。そしたらプリントがばさばさと雪崩のように落ちていって、地面に散乱してしまった。
 しばし沈黙。
 桂太は落ちたプリントを拾い始める。……結局、手伝わせるはめになってしまった。あたしも慌ててプリントを拾う。
「部活、どうなの」
「何が?」
「前、けっこうひどかったじゃん」
 ああ、とつぶやく桂太。
「なんか最近、調子が出ない。スランプ、ってやつなのか。けど、部活休んでたって意味ないし。やるしかない」
 表情こそ豊かじゃないけど、桂太の顔は引き締められたように見えた。
 やっぱり桂太は凄い。辛い状況でもちゃんと取り組もうとするなんて、あたしにはできない。
 また無言しか返せなかった。プリントを拾ったときの紙が擦れる音しか聞こえない。ああ、なんか気まずい。
「あの日」
 全部拾い終えたとき、ふと、桂太が喋った。
「ありがとな、一緒にいて。俺、たぶんお前が思ってる以上に荒れてたから。ひとりじゃ、なんかに八つ当たりしてたかも」
 ……え。
 それってどういうこと。
 言葉の意味をうまく把握できていない内に、桂太は廊下の窓から外を見る。
「雨だ」
 つられてあたしも外を見る。どんよりとした重い灰色の空から、ぽつぽつと雨が降ってきている。さっきまで晴れていたのに。お天気雨ならすぐに過ぎそうだけど。
「傘、ないのにな」
 ぽつりと桂太が言う。
 あたしは、耳聡くそれを聞き逃さなかった。あたしは今日も鞄にアレが入っていることを、頭の中で確認する。
 すくりと立ち上がり、持っていたプリントを桂太に押しつける。
「それうちの先生の机に置いておいて! 国語のスガちゃんだから!」
「え、なに」
「あと先に昇降口行ってて!」
 桂太に任せるや否や、あたしは鞄を置いている教室へと走り出す。
 廊下は走るなんて本当はダメだけど、今は気にしない。
 なんだか身体が軽い。小動物はすばしっこいからなんだ。たぶん。


  ◆


 鞄を持って昇降口に向かう。
 急に強く降り出した雨のせいで、十人近い生徒が立ち往生したまま外を眺めていた。
 桂太はその中で律儀にも待っていた。下駄箱から靴を取り出そうとしているところだったけど。
 あたしも急いでローファーに履き変える。雨の中だとちょっと厳しいけど仕方ない。
 桂太に近寄り、ごめんごめん、と謝る。桂太は意味不明そうにあたしを見ていた。
 あたしは鞄からアレを取り出す。
「じゃーん。今日はあたしが差したげる」
 何の変哲もない、エメラルドグリーンの折りたたみ傘を。
「お前、どうせまたすぐ腕が」
「いいのいいの」
 実を言えば、この傘はいつも持ち歩いている。天気予報が外れたときも大丈夫なように。
 それとも、ずっと差してあげたいと思っていたのかもしれない。
 だけど、いつも桂太が大きな傘を差して入れてくれるから、この傘を使う機会はあまりない。あたしはそれに甘えていたのかもしれない。
 折りたたみ傘を広げる。あたしは雨の中に傘を差して出ていって、桂太の方へと振り向く。肩に傘の骨を掛け、腰に手を当てて自信満々そうに。

「あたしの隣で雨宿りしていきなよ。ね」

 あたしは、君が安心できる場所でありたいから。