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【腐向け】 創世記の贖罪 【C79新刊サンプル】

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★★★ 闇の擬人化設定、異世界ファンタジーです。





 ジンの家は代々、巡業の見せ物小屋をしていた。一ヵ月、一年。時間は色々だったけれど。有名な見せ物を持っていたジンの家は巡業をしていたとはいえ、裕福であった。
 ただ、目玉商品らしい一つのモノだけは、父親はジンに見せてはくれなかった。
 それは、ジンが一六歳になった時。
「もう、お前にも見せて大丈夫だろう……」
 そう言って、父親はジンを見せ物小屋の最奥に連れていった。ここだけは、父親の配下のひとりだけが出入りしている所。ジンは小さい頃忍び込もうとしてこっぴどく叱られたものだった。
 ここに入る客が、とんでもない額の金を払っているのをジンは知っていた。そうまでしてみたいものが、ここにある。
 ジンは、ドキドキしながら父親のあとをついて歩いた。
 いつもテントを張る一番奥に設えられるこの部屋。中は真っ赤な布で覆われていた。
 ジンが見たのは白い……皙い生き物。
 見せ物小屋にいるのは、どこからか手に入れた変わった動物ばかり。
 小瓶に入れられた妖精や、手足のある魚。首の異様に長い黄色い動物に、いつも馬車を引いてくれる像。普通の生活では見たこともないような動物がそれぞれの声で鳴いていて、みんな、哀しい歌を歌っているように、ジンには聞こえた。
 帰して……私達を元いた所に帰して……
 帰して……
 そう、言っているようで、ジンは哀しくなる。
 けれど、その皙い生き物は、何も言ってはいなかった。
「ほら、これが代々うちに伝わる至宝だよ。ジン………こいつのお蔭で俺達は食うにも困らずに生活ができるんだ」
 父親が自慢げにジンに見せたものはテントの一番奥。安っぽいけれど、豪奢な椅子に座っていた……人? だった。真紅のローブを着せられている。
 皙い……
 まるで……蝋のように皙い……肌の……
 彫りの深い、すらりとした鼻筋。切れ長の瞳。弓月の眉。眉にかかるか掛からないかの、ジン達と同じ黒い髪。椅子の肘掛けに置かれた指も、皙い。長い指に、黒い、長い爪が生えて、まるで鷹のそれのように鋭く曲がっている。髪は椅子からこぼれ落ち、床にとぐろを巻いていた。身長の二倍はあるだろうか。
 けれど、それだけだ。何も、変わらない。人間と何も変わらない。ただ、肌が皙い、だけ。瞼の中に黒目がなく、瞼の下はすべて紅く濁った眼球だった。
 どこを見ているのか、判らない。
「こいつはな、眠らないんだ。ひいじいさんの時にはすでにいたらしい」
「名前は? ……どうしてウチにいるの? あの妖精の方が珍しいよ?」
 ただの綺麗な人に見える。服の下がおかしいのだろうか。そう、ジンは思った。
「名前はないよ。どんな名前もなんだかしっくりこなくてつけられなかった。
 魔物の一種なのだろうけど。目も見えていないらしい。耳もあまり聞こえない、言葉も喋れない。こいつ独特の言葉を喋る訳でもない。ひいじいさんの昔からウチにいて、喋れる言葉は一つだけだ」
「なに?」
「ん? …………あとで、判る。今日はこいつの見せ物にお前も付き合え。俺はもう歳だ。そろそろお前に任せるから。手順を覚えるんだ。
 ただし、今日は見学だけだ。声を出すな。ガキがいると判ればしらけるからな」
「歳だって、何言ってるの。まだ三〇過ぎじゃない、父さん」
 平均寿命は五〇過ぎ。若いとは言えないけれど、ジンの父は十分闊達な年代だった。
「ぁあ……動物の調教ぐらいはいくつでもできるがな…………これは、若い方がいい。本当に体力勝負だ。
 あ、ジン。この町は『場』が丈夫ではないらしい。人がいない所を歩くなよ」
「あ? ……うん…………判ってるよ、父さん」
 向こうで母親が食事だと呼んでいる。ジンは何度も皙い人を振り返りながら、テントを出た。
 この時代。『大地』という言葉は存在しない。
 人々は自分達の住んでいる町の中だけで生活をする。誰も歩いたことのない所は、どこに繋がっているか、判らない。
 異空間に浮かんだ『場』。
 それが『町』というものの正体だった。
 場が丈夫ではない、というのは、あちこちが異空間と繋がりやすくなっている、ということ。
 躰の一部だけちぎれて飛んで行ったりはしないので『場』が違う、と気付けば、すぐに戻るだけで支障はない。けれど、そのまま歩いて行ったりすると、迷宮の中を迷うように彷徨い、別の町に出る。同じ所から同じ場所に出られる訳ではない。空間は絶えず動いていて、人間を呑み込んでいく。当然、不用意に迷い込めば、その中で死んでしまうことの方が多い。
 ジン達旅をする者は、大体が一ヵ月以上の食料を持ち歩いている。場の中で迷っても、とにかく真っ直ぐに歩いていればいつかはどこかに出るのだ。ほとんど勘だろう。その勘が鋭いものだけが『旅人』として町から町へと放浪することができる。
 『旅人』とは結局、その異空間を行き来できる特殊能力を持っているもの、ということになる。
 どこに行っても旅人は歓待される。特にジン達のように見せ物小屋を持っていると、町を挙げて大歓迎された。
 時折。町中にぽっかりと場が違っていたりすることがある。町の中なのに、誰かもが通らない場所などは『町』としての場が薄くなるのだ。大人はすぐに気付くけれど。時折、子供などが呑み込まれる。
 そして、反対に、子供が多いけれど。まったく知らない人間がいきなり町の中に沸いて出たりする。一年に一度ぐらい、誰かがいなくなり、誰かが入ってくる。もう当然のことになってしまっていて、家族や恋人以外は誰も悲しまないし、驚かない。その時の用心のために、どの町でもみんな、自分の全財産を宝飾品に変えて持ち歩いていた。そうしないと、万が一違う町に紛れ込んだ時に、すぐに手詰まりになってしまうからだ。
 ジン達が町を出る時は、全員の躰と馬車、動物を紐で結んでしまう。誰一人、何一つ、欠け落ちたりしないように。
 たまに、前に行ったことのある町に戻って楽しい時もある。
 不思議を不思議とも思わずに、ジン達人間は生きていた。
 世界は不思議に満ち満ちていた。
 それが……闇の因子、『世界』が欠けていたからだなどと、思いもせず。