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コミュニティ・短編家

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お題・休日



「貴方が犯人だってことはわかってるのよ。」

京子は毅然とした態度で私を指差した。
私は、思わず打ちそうになった舌を左の奥歯で挟みこむ。
そして内心の動揺を抑えながら台詞をしぼりだした。
何かと煩わしい警察がやっと帰った、正真正銘の休日での出来事だった。

脳味噌が猛スピードで収縮していく様な気分だ。
とにかく冷静にならなくてはいけない。
私は熱いスープに根気よく息を吹きかける直前みたく、肺にゆっくりと空気を送りこんだ。
冷めることはわかっている。
彼女にやり通す脳は無い。

「何を馬鹿なことを。馬鹿だ馬鹿だと思ってはいたけどこんなに馬鹿とはなぁ。」

我ながら乾ききった声だった。
それを聞いた京子は益々自分の推理に自信をもったらしく、余裕綽々の表情へと変化していく。

京子はふふんと鼻で笑いながら私をじっと見つめた。私がおかしな行動をしないよう見張っているのだ。
そしてそのままそこらにあったビロード張りの椅子に腰掛けると白い足を組んだ。
少女の様に美しい足首だった。
私は必死で暗示をかける。
もし私が犯人でなかったらどうするだろう。
最初は京子を馬鹿にして、あまり強く否定しない方がいい気がする。
必死で否定する人間ほど怪しく見えるものだ。
私は鼻で笑い返した。
それだけで、京子の自信はほんの少し揺れる。
それでも京子は推理を続ける。
そうあらなくてはいけないからだ。

「一宮が殺された時、あなたは私たちとお茶を飲んでいた。」

「そうだな。」

私は適当にあしらうように返事をする。くだらない子供のホラバナシを聞いているみたいに。
一度方向性を決めてしまえば簡単なのだ。
あとはそれに向かって、一気にアクセルを踏み込めばいい。

「…それから私たちが一宮の部屋に様子を見に行ったのが30分後。その間誰もこの部屋からは出ていなかった。…ならなぜ、どうやって一宮は殺されたのか?」

京子は自分の台詞を噛みしめるように一旦言葉を切った。
私に与える効果を試しているようだ。
私はじっと京子を見返す。
京子は口を開く。
紅い舌。

「あなた、あの時開け放した窓辺で大声で鳥の名を呼んだでしょう?」

「…呼んだね。それがどうしたんだい?珍しい鳥がいたから声をあげただけだよ。」

少し応えが早すぎてしまった。
意外にも的を射たことを彼女が口にしたため焦ってしまったのだ。
そう、私はどうしても鳥を呼ばずにはいられなかった。

再び若干の自信を取り戻した京子は益々声を張り上げる。
私は平静を装い続ける。
万が一彼女が完璧な証拠をつきつけてきても、私がこの世界で逮捕されることは絶対にないだろう。
…しかし、これ以上ここにいることが出来なくなってしまう。
それは困る。
上司にも叱られるだろうし、私はここが結構好きだった。
そして京子も。

そんな私の気持ちを知ってか知らずか(もちろん知るはずもないが。)京子は推理を続けるのだった。

「そこよ。…一宮が大の鳥好きだってことは周知の事実だったわ。それじゃあ、もしそんな台詞が窓から聞こえたら、どうなるでしょうね。大抵の鳥好きなら、例え一宮じゃなかったとしても窓から外を覗くでしょう?特に一宮はいつどんな時に鳥が現れてもいい様に眠る時でさえ窓を開けていたから。私たちは全員それを知っていたわ。もう3年来の仲だもの。…あなたはそこを狙って…」

「ナイフを投げつけたというのかい?5部屋も離れたところから。そんなの野球選手じゃあるまいし不可能だよ。それに私に彼を殺す動機はないよ。…でもまぁ京子にしてはなかなか面白い推理だった。」

私は京子の台詞を遮る様に口を開いた。なだめる様なトーンにもなった。
京子は、しかし、しばらく微動だにしなかった。
長くさらりと流れる髪をこまかに揺らす。
意思の強いきっとした瞳も揺らいでいる。私は京子が結構好きだった。

「…知ってるのよ?」

懇願する様に京子は言う。か細い声で。
私はドキリとする。
まさかバレていたのだろうか?
私が…。

「見てしまったの…あなたが…あなたが、空を飛ぶ鳥を石で撃ち殺すところを。」

本当に舌うちしそうになった。
迂濶だった。まさか見られていたとは…。
京子はもうはっきりと泣いていた。
その時私は決心した。
京子のためにも、完璧に京子を欺かなくてはならないと。

「私…私本当に貴方が好きだったわ。でも、貴方なら可能なのよ。あのコントロール能力を持ってすれば…。」

私は自分の回りが柔らかなピンク色になったことを悟った。
京子が、私を好きだった?

「…お願い…自首して…」

「それは…困ったな。残念ながら本当に何もしてないんだ。」

京子はサッと顔を上げる。
半分怒った、半分安心したがっている顔で。

「まだ言ってるの?!じゃああの鳥はっ…」

「確かに石は投げたけど当たってない。第一いくら私が若い男でも、いくらなんでもあそこまでは届かないよ。あの鳥は病死だ。あまりにもタイミングがよかったから私も心配になってあとで鳥が落ちた所を見にいったんだから確かだよ。」

京子は目を見開いた。
それからもう一度ぼたぼたと涙を溢した。
私は指でそっと拭いてやった。
京子は恥ずかしそうにうつ向いた。微笑みながら。

私は京子の頭を撫でながら、どうやって京子が気付かないうちに一宮の「本当の死体」を星に運んでしまおうかと考えていた。
彼の体型は私たちがまだ実験をしたことがないタイプなのだ。
実は出会った時からひどく興味をそそられていた。
上司もなかなか高い興味を抱いていたのを覚えている。

そうだ、もうひとつ気を付けなくてはならないことがあった。
「鳥」は私たちの星で割に一般的な輸入食品である。地球文化はなかなか見習うべき点が多い。
私は結構鳥が好きで、あげく当時はひどく空腹だったがために後先考えずうっかり捕まえてしまったのだ。
しかしこれからは気を付けた方がいい。
私は鳥よりも京子のが好きなのだ。

…本当に、京子は信じてくれただろうか?

京子は私が生まれて初めて出会った、実験道具として以外の感情を抱かせた人間なのだ。

私は不安げに京子を見下ろした。
京子は笑っていた。

「私ったら本当に馬鹿ね。」

私は安心して深く息をついた。

今度こそ、本当に休日が楽しめる。
作品名:コミュニティ・短編家 作家名:川口暁