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コミュニティ・短編家

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お題・クリスマス×枯れた才能×絵の具


才能が枯れてしまったので今度の個展に間に合いそうにありません。ひいてはクリスマスである本日のデートにも。
と、三塚さんに電話したところ、人をも殺さんばかりのトーンで返事が返ってきた。

「何を甘えたこと言ってるの?大体"枯れた"ならそれは才能とは言えないわ。つまりあなたは偶然の産物でなぁなぁに描いてここまでやってきたってことね。才能が元々無かったことに気付いただとか、スランプだから仕方ないだとかは聞いたことあるけど才能が枯れて描けないなんて言い訳初めて聞いたわ。二度とそんな下らない電話かけてこないで。」

ガッチャン。

僕は呆然と受話器を取り落とす。
ブランブランとコードが揺れてるのは親機だからだ。
恋人だというのに、クリスマスのデートをふいにされたことは一切怒らない。
彼女は芸術家としての僕に怒ったのだ。
そんな素晴らしい恋人そうそういない。
だがしかし、いや、だからこそ、芸術家としての僕は大分ショックを受けていた。

仮にも芸術家である僕にあんなことを言ってもいいのだろうか?
一体これまでに、何人もの芸術家が才能という名のおぞましき怪物と戦っては散っていったか、彼女は知っているのだろうか。
僕はなぜ受話器を取り落としてしまったのか考え、指が白いことに気付き、自分が凍えていたことを悟った。
冷たいフローリングには朽ちた化石みたいな絵の具がゴロゴロと寝そべっている。
やっとここまできたのに。
美大出の人間でも本当に芸術家に成れるやつなんて、ほんのひと握りどころかひと欠片程しかいないというのに。

いや、そもそも芸術家ってなんなんだ。
なんかでっかい賞とって個展開けるようになったら芸術家なのか?
そんなものなのか?
儲からない自称芸術家は本当に才能がないのか?

そんなことはないだろう。
死後にやっと認められたやつだって、有名な芸術家の中には驚くほど沢山いる。
じゃあ僕は
僕は
僕は

この絵の具ひとつで

一体なにを


『またお前か。』
僕はハッと「ヤツ」の気配に気付き顔を上げた。
『お前ほどスランプとやらに陥る芸術家はそうはいまいな。』
「ヤツ」はそう言うと黄色い巨大な牙をギラギラと見せつけながらゲラゲラ笑った。
その拍子にねとねととした汚ならしい「ヤツ」の唾液が降りかかってくる。
僕は頭を滅茶苦茶に振りながら叫んだ。
「違う!僕は芸術家じゃない!僕は芸術家じゃない!もう全部枯れたんだ!枯れちまったんだ!!アイデアが枯渇した!インスピレーションも枯渇だ!砂漠だ!水不足!!!」
「ヤツ」は面倒くさそうに僕を見下ろす。
そのくせ赤黒い嫌らしい瞳はギョロギョロと忙しなく動いていた。
『じゃあそれはスランプではなくてただのお前に戻ったってわけだな。』
「うるさいうるさい!そんなこと言うんじゃないっ」
『自分で言ったんだろうが。』
ゲハゲハゲハゲハゲハハハゲハハハゲハゲハゲハハハハハハハゲハゲハハハゲハハハ
「ヤツ」の笑い声はまるで首を締められた大型トラックのようだ。
実際排気ガスも撒き散らしながら笑ってるに違いない。
そこらは妙に薄汚い靄が漂い始めた。
「自分が言うのと他に言われるのでは全然違うんだ!!枯渇だ!枯渇…!」
僕は頭を抱えてその場に座りこんだ。「ヤツ」は急に静かになった。
僕はそろりと顔を上げてみる。
「ヤツ」と…怪物と、はっきりと、目が合った。
赤い目が、優しく歪んだ。





「なにクリスマスに風邪ひいてんのよ。」

見上げた先には目を赤くした三塚さんがいた。
僕は呆然としながら立ち上がろうとしたが、その前に三塚さんの細い手で戻された。
暖かい空気が僕の部屋に詰まっていることに気付く。
僕が一人で家にいる時暖房器具は暖房器具として用途をなさない。
筆をもつ指が動かなくなって初めて、その寒さに気付くくらいなのだ。

あぁ、三塚さんがいる、と思う。

「あれから全然電話でないし、来てみれば案の定倒れてるし、ていうか私まだ怒ってるのよ。なんでノコノコやって来ちゃうの。」

どうやら彼女はあんなに怒っていたのに、結局心配して僕の家までやって来てしまった自分自身に腹を立てているらしい。
彼女の赤くなった目の下には黒いマスカラの粒がついていた。
相当心配してくれたのだ。

「赤…」

僕は再び布団に押し返そうとした彼女の手を掴み、起き上がった。
そして半身を布団に入れたまま、怒る彼女を抱き寄せて筆を持つ。

「紙、とって。」

三塚さんは怒った顔でキャンパスをひきよせてくれた。
僕は、彼女を抱きしめながら、絵描きはじめる。

赤くて優しい怪物を。



作品名:コミュニティ・短編家 作家名:川口暁