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ボンベイサファイア
ボンベイサファイア
novelistID. 18513
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第九回東山文学賞最終選考会(1)

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1 ある青年の願い

 夜になり陽も落ちて部屋が外から隔離されたような気分になる。閉めたカーテンからは月明かりさえ入ってこない。
 机に向かい幾枚かの紙片を広げる。そこには人物の関係図やちょっとした注意書き、背景にした事柄などを書き留めている。それから原稿用紙。
 付けた電灯が机を照らす。原稿用紙には文字が綴られている。そこに、また文章を書き足していく。文章を文節で繋ぎ、それを折り重ねて物語りにしていく。
 そしてその物語りには明確な意志を持たせる。そこには、俺の意志を宿らせる。
 セックスでもドラッグでも、年収一千万でも無い生活。
 それを物語の上に築いていく。
 日経ダウ平均株価は順調な上昇を続け、周りにも金を持っている人間が増えてきた。この状況をもし親父が見る事があったら、どう思うだろうかと推測せずにはいられない。その時、彼は俺をこういう風に育てた事を後悔するのだろうか。
 いや、しないだろう。
 そんな内省が出来る様な人間ならば、あんな強引な経営はしないだろうし、小学生の俺を捕まえて刃物で傷を付けるような敵を作る程人に憎まれもしなかったはずだ。
 また文章を綴る。肯定的な文を二つ程続け、否定文で繋ぎ、終わりに疑問文を持ってくる。その上に理不尽な選択肢に対する怒りを凝縮させる。
 もう沢山だ、という想いが鉛筆の先から顔料の屑となってこぼれ落ち、原稿用紙に軌跡を残す。
 経済活動がはじく数字の位の間に人の恨みの染みが残る事が学友に伝わらない。感情を裏付けする為に主張してくる理論を論理的に分析する事が許されない。膨らみ続ける土地評価のカラクリが分かってもらえない。司法制度が行政の影響を免れ得ないという現状もその危険も理解してもらえない。性行為だけを人生から切り離して生きることは出来ないという事実に気付いてくれない。恋人という存在は所有物では無いという事も否定する。ほんの四十年程前まで、俺達は殺し合う事で物事を解決して来たと言う事実さえも思い出してもらえない。
 伝わらない。当たり前の事が伝わらない。
 また、文を書く。段落と段落を繋げる適当な表現を探す。見付けて、それを書く。
 静まり返った夜にさらさらと流れる鉛筆の音をさせる。
 原稿用紙を捲る紙の音をさせる。
 書きながら信条を心の中で繰り返す。この物語は憎さを力に変えるものであってはならない。力で相手を潰せばまた同じ俺を作るだけだ。鬱憤を発散するだけの表現ではいけない。それではあいつらと変わらない。俺は絶対にあいつらみたいな醜い存在には成りたくない。
 強い思いが腕を動かす。鉛筆はまるでそこに無いかのように軽い。
 もうすぐ、物語が完成する。
 俺の物語が、完成する。
 そうしたら、ぜひ、彼らに読ませたい。
 俺の事を、小馬鹿にしたような表情や、可愛そうな者を見るような瞳や、悪意を剥き出しにした視線や、やっかい者を疎ましく思う時の顔で見る奴等に、読ませてやりたい。