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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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シャドービハインド

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第1章-夜のはじまり-黒い猫


 雑踏も好き。
 けれど、夜の静けさも好き。
 文明も好きだけど、自然も好き。
「今夜は風が気持ちいいね」
 ワイシャツにベストを着た学生スタイルの青年が、学校の屋上から夜の町を見下ろしていた。
 青年が後ろを振り向くと、そこにはひとりの少女が立っていた。
「アタシは夜のが好き。昼間は苦手」
「日の下もいいものだよ」
 青年は言う。
 半分だけ夜の仲間になってから数日、青年は夜な夜な夜の少女と会っていた。
 名はリサ。
「カイトはまだまだ人間なのね」
 リサに言われ青年――戒十[カイト]は静かに笑った。
 数日前のこと、戒十は放課後に友達とゲーセンに行き、その後も深夜まで遊び歩いていた。
 駅近くとは言え夜は暗く、店のほとんどは閉まっている。
 最後の店を出て天を見上げると、夜空には月が輝いていた。星はよく見えない。汚れた街の空気は星の輝きを奪ってしまうのだ。
 電車の終電まであと少ししかない。
 戒十は足早に駅へと向かった。
 しかし、その足がふと止まる。
 右手の奥に見える曲がり道から、ガサガサと物音が聞こえた。
 野良猫かなと思いながら、戒十は目を離して歩き出そうとしたが、暗闇の奥から自分を、見据える光る眼を見て、自然と足が止まってしまっていた。
 光る眼は地面に近い位置にあり、動きもせず瞬きもしない。
 野良猫か野良犬か、そのときの戒十は猫だと思っていた。けれど、今になって思えば、それがなんであったかはっきりしない。記憶がとても曖昧なのだ。
 光る眼がじわじわと近づいてくる。恐怖感はなかった。まるで催眠術に掛けられてしまったように、何の感情も沸かなかった。
 眼だ、その眼に魔力がある。
 しかし、その眼が近づいてくるにつれて、戒十の背筋に冷たい風が吹き、言い知れぬ不安感が躰を包み込むのだった。
 電柱に取り付けられた街灯が、チカチカと接触不良を起こす。
 ――嫌な感じがする。
 戒十はその場から逃げようとしたが、すでにそのときには黒い影が戒十の眼前に飛び込んできていた。
「わあっ!?」
 一瞬、なにに襲われたのかわからぬまま、戒十はアスファルトに尻餅を付いて転倒してしまった。
 刺すような痛みが戒十の首筋に刺さった。
 一時的に記憶が飛んでしまったが、反射的に戒十は首の辺りを振り払い、急いで立ち上がった。
 すぐ下を見ると、そこには黒い毛並みの猫が、光る眼で戒十を睨み付けている。
 その猫に恐ろしさを感じ、後退りながら痛みの走った首筋に触れてみた。
 ――濡れている。
 ゆっくりと手を離し、濡れた感触のあった指先を見ると、赤い血がべっとりとこびり付いているではないか!?
 恐ろしくなった戒十は一目散に走って逃げた。
 夜の街に足音が反響する。
 あの猫が追いかけて来るのではないかと、戒十は何度も後ろを振り返る。
 影、影、影、そこら中にある影が、すべてあの黒猫に見える。
 ガサガサ、ガサガサと、そこら中で音がする。
 まるで街全体に追いかけられている気分だ。
 息を切らしながらやっと駅の前まで走ってきた。
 明かりが見える。
 まばらだが人の気配もする。
 戒十はほっと胸をなでおろし、荒れてしまった呼吸を整えた。
 後ろを振り向くが、もうあの言い知れない恐怖は追ってきていなかった。
 改札口を通り、階段を登ってホームにつくと、そこにも数人の人が居り、戒十の不安をやわらげてくれた。
 鳴き声が微かに聞こえた。
 戒十は急いで辺りを見回すが猫なんていやしない。
 ホームまで猫なんて来られるはずがない。
 やがて電車が来て、足早に電車に乗り込んだ。
 しーんと静まり返った車内。
 席に座って寝ている者がほとんどだった。
 席はいくつか空いていたが、戒十はドアの側に立ち、外の景色を眺めた。
 空は黒い、それに比べて地上はキラキラと光っている。
 急に戒十は胸を鷲づかみにされるような気分になってしまった。
 ビルの光が猫の光る眼に見えたのだ。
 そして、どこからともなく猫の鳴き声が――。
 耳を塞いだが猫の鳴き声は鳴り止まない。
 幻聴だ。これは幻聴だ。気のせいだと自分に言い聞かせると、猫の鳴き声は聞こえなくなった。
 やっぱり気のせいだったんだと安心して、猫のことを忘れようと努力した。
 そして、その後は何事もなく家に着き、ベッドの中で深い眠りに落ちたのだった。

 なにかにうなされ、戒十はベッドから飛び起きた。
 悪夢を見ていたのかもしれない。けれど、何にうなされていたのか、まったく覚えていない。
 夢を見たのか見ていないのか、それすら覚えていない。
 ただ、背中に張り付くじっとりした汗が、なにかあったことを物語っていた。
 カーテンの隙間から差し込む光が眩しい。
 戒十は薄目で光を眺めた。
 いつもより眩しい感じがする。
 ベッドから降りて重力に引き寄せられるように、カーペットに手を付いてしまった。
 身体が重い。
 倦怠感が身体を鉛のように重くしている。それでいて、不思議なことに気分は悪くない。むしろ爽快と言ってもいい。
 時計を見ると余裕で遅刻だった。
 今から学校に行けば3時間目に出られるだろうが、今さら行く気も起きない。なにか楽しいことがあるわけでもない場所に、進んでいく気はなかった。
 高校入学から2ヶ月。クラスにはまだ馴染めていない。これから馴染めるかという質問に関しても、おそらくノーと答える。
 今の高校を選んだ理由は自宅に一番近かったからと、中学時代のツケが回ってきたからだ。自分のレベルに合った高校を選んだわけではない。
 そのため戒十は同級生達をいつも上の目線から見下ろしていた。
 ――こいつらみんなバカだ。
 戒十は重い足取りでリビングに向かった。
 広いマンションの部屋ではないので、ダイニングキッチンからトーストの焦げた匂いが香ってきた。
 リビングに行く前に、寄り道をしてダイニングキッチンに向かった。
 テーブルの上に置いてある食べかけのトースト。同居人が食べきれずに放置して出かけたのだろう。
 戒十の食事の用意はない。いつものことだが――。
 食べ残しのトーストをひとかじりして、戒十はすぐにキッチンの横のゴミ箱に捨てた。
 そして、リビングに着いた戒十は柔らかなソファに腰を深く掛けた。
 テレビのリモコンに手を伸ばすが、その手を引っ込めてぐったりとソファにもたれ掛かる。今は音を聞きたい気分じゃなかった。静かな時間を過ごしたい。
 窓は全て閉めてあるにも関わらず、今日はいつもよりも外の音が騒がしい。風が吹き付ける音、どこかで工事をしている音。
 部屋の中もいつもより敏感に音を感じる。
 冷蔵庫のハム音や時計の針が動く音。
 外になんか出たら、この感覚がもっと研ぎ澄まされるかもしれない。喧噪に耐えられなくなりそうだ。
 いつもの自分と違うことに戒十は気づきはじめていた。
 精神的な変化ではなく、おそらくは肉体的な変化。
 高熱でうなされているような、倦怠感と妙な感覚の鋭さ。
 ふと、戒十は首筋に手を触れた。
 太い針で刺されたような傷跡が二つ、かさぶたのように盛り上がっている。
 黒猫に襲われたことが脳裏に浮かぶ。