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ハッピース

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真夏の太陽が、眩しく照り付ける。山、川、そして住宅街。高い建物は一切ない。明春町(ミョウシュンチョウ)で一番高い建物である明春高校は3階建てだ。この高校で一番太陽に近い教室、3階にある2年4組の、窓側の一番後ろ。居眠りに最も適しているその席で、池上圭介(イケガミケイスケ)は例に倣って爆睡していた。今は5時限目。昼食を食べ終え、太陽が最も高くなり、更には理解不能な英語というオプション付きで、もれなく眠くなる時間である。
 圭介が寝ているのにも関わらず、眼鏡を掛けた英語教師は全く気にする風もなく、授業を続ける。圭介が授業中寝ているのは、いつものことだ。クラス替えから3ヶ月、入学から数えれば15ヶ月経った今、教師達は圭介の居眠りを気に止めなくなった。その理由の一つに、圭介がテストの度に上位20名に入っていることが上げられる。
 授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。
「起立」
 日直が号令を掛ける。圭介は起きない。
「気を付け。礼、」
「ありがとうございました」
 圭介以外のクラスメイトたちが声を合わせる。
「着席」
 日直がそう号令を掛けると英語教師ががらっ、とドアを開け教室を出て行く。途端、教室は騒がしくなる。一部の女子がお菓子を分け合い、また一部の女子が教師の噂をしている。一部の男子は余分に持ってきた弁当を食べ始め、また一部の男子は宿題に取りかかる。いつもの休み時間の光景である。
「なぁなぁけーちゃん!」
 未だ爆睡している圭介を揺さぶる一人の男子生徒がいた。彼は圭介の腐れ縁、堀田正和(ホッタマサカズ)である。堀田は圭介唯一の友人と言っても過言ではない。
「…んだよ、…もう放課後かぁ?」
 寝起きの圭介は、とても機嫌が悪い。機嫌のいいときなど無いに等しいが、寝起きは格別機嫌が悪かった。「あと1時間ある」
 堀田は笑顔で言う。圭介の機嫌が、余計悪くなった。圭介はいわゆる不良だった。皆圭介を怖がり圭介に話しかけることなど絶対にしない。不可侵だった、圭介の領域に初めて入って来たのがこの堀田だった。今まで堀田以外の人間が、圭介に話しかけてくることはなかった。
「…んで起こした……」
 低く掠れた声で、隠そうともしないあからさまな不機嫌さで、周りを圧迫する圭介。幸か不幸か、堀田にだけは効果がなかった。
「放課後さ、幽霊屋敷行かない?」
「却下、」
 即答だった。
 幽霊屋敷とは、明春町の外れにある、大きな古い空き家の洋館である。
 誰もいないはずの洋館から夜な夜な人の話し声がするだとか、誰かが中から出て来るのを見ただとか、あるはずのない、よくある噂が流れている。
「何でだよー。いいじゃんちょっとだけだからさ。付き合ってくれよー。な?」
「俺がそういうの大っっ嫌いなの、知ってるだろ」
突っ伏していた圭介は、顔を上げ、肘をついていた。
「少しだけだからさ。たまには付き合ってよ」
「知らね。誰か別の友達と行けば」
「そんな冷たいこと言うなよー」
 堀田は顔を両手で覆い、泣いた振りをした。
 圭介は非現実なことが大嫌いだった。近所の幽霊屋敷然り、ネス湖のネッシー然り、ルーマニアのドラキュラ伯爵然り、中国の龍然り……。
「ガキじゃねえんだから」
 圭介はぼそっと呟いた。幽霊だのユーマだの人外だの、その他諸々。現実にそんなものがあるはずがない。
「…あってたまるか、」
 圭介は吐き捨てるように呟いた。
そして。
「けーちゃんの意地悪ー」と未だに泣き真似をしている堀田に、厳しい現実を突き付けた。
「お前もガキじゃねえんだから。んなことしてる暇あったら勉強でもすれば。この前の中間現代文と生物以外赤点だったんだろ。次の期末もそんなんだったら進級危ねぇって西松にも言われてんだろうが」
 西松とは、このクラスの担任の名前だ。教科は数学。
「そうなんだよ。この前親二人とも呼ばれちゃってさあ。親父もお袋もかんかんで……って、何でそれを」
知っているのかと、顔が面白いぐらい青ざめていく。
「んなこと簡単に想像出来るわ。先週ほぼ毎日昼休み呼ばれてただろ」
 堀田はえぇっ!?と驚きの声を上げた。他人に興味のない友人が、自分ではない呼び出しの放送をちゃんと聞いていたなんて。
 嬉しいような、悲しいような。
「けーちゃんって俺のこと割と好きだったりする?」
 いきなり突拍子もないことを聞いて、頭をべしっと叩かれる。
「バーカ。何気持ち悪いこと言ってんだよ」
 そう言いつつ楽しそうな顔をしている圭介に、堀田は(…久しぶりだなあ)と笑った。
作品名:ハッピース 作家名:秀介。