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里海いなみ
里海いなみ
novelistID. 18142
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いちごみるく

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双子の姉がキャンディを買ってきた。
三角形で薄桃色のその飴は口の中へ放り込んでしばらくするとさくさくと砕ける飴だった。
姉と同じく甘いものが好きな俺はそれを喜んで受け取り普段のように屋上へとサボりに向かったのだった。

「あー……授業なんてやってらんねーですよ、マジで」

小さく零すも、それを拾い上げる人間は誰もいない。今はちょうど授業の真っ最中なため俺のように不真面目な生徒がいない限り、この呟きは結局誰にも掬われる事はないのだ。
ファッションとして首から下げているヘッドフォンを耳へとつけ直す、これは周りの雑音を拾わないようにという防音装置の代わりなのだ。
ありきたりな表現だが見上げた空は抜けるように青い、まるで海がそのまま宙へと浮かんできたかのようだ。
もともと空の色は海の色らしい、そうだとすると空はなんと不憫な存在なんだろうか。本当は赤色でいたかったのかもしれない、紫色でいたかったのかもしれない、いやもしかしたら橙色が良かったのかもしれない。それなのに無理矢理青色に染められて。

「……厨二病ってお年頃じゃねーんですけどねぇ」

一人ぼやいた。
口の中の飴はやはりさくさくとした食感で口内を満たし甘ったるい匂いを撒き散らしていた。
ポケットの中にはまだいくつか残っている。
あぁ、空が青い。

「なにをしてるの?」
「へ?」

不意に声をかけられた。
身を起こすと目の前には見知らぬ女の子、長く伸ばした髪は腰よりも下で揺れ前髪は眉の下でぱっつんと切りそろえられ、なおかつ制服は乱す事無くきっちり。ご丁寧に靴下は白い三つ折りだ。
うわぉレトロ。
思わず呟きそうになるもそれを押し込めてはとりあえずもう一度その少女を観察してみた。
まるで昭和の女学生だ。
うちの姉でさえここまできっちりと着こなしてはいないというのに。
少女は再び口を開いた。

「なにをしてるの?」
「あ、あー……見てわかんねーですか。サボってるんですよ」
「ひとりなの?」
「人の話聞いてやがりますか?」
「さみしくないの?」
「もしもーし? その耳の穴かっぽじってやりましょうか?」

……全く話が通用しない。
どういう事だと眉間に皺が寄ってしまうのは仕方がない事だと思った。
少女は此方の話を一切聞くつもりが無いらしい、そう判断した俺はポケットに無造作に突っ込んでいた飴を取り出し口へと放り込む。もう彼女の相手をしても仕方ないだろう。
そう判断した俺の目を一気に惹きつける光景が突如として広がった。

「…ちょ、何してやがるんですかアンタ」

フェンスの向こう側に、少女が立っていた。
一体いつの間に、だとか、どうやって、だとか。そういった事はすっぽりと頭から抜け落ちた。
まさか空を飛べるからそれを証明してみせる、もしくはこうした方が外の景色が良く見える、そんな理由でそこに立っているのではないとすぐに分かった。
下から煽られているせいで長い髪の毛とスカートがはためき、ちょっと中身が見えそうだ。
あ、白。
そんな馬鹿な事を考えている場合ではない、目の前で、飛び降り自殺が行われようとしているのだ。

「アンタ中身見えやがってますよ、とりあえずこっちに戻って来やがれです」
「……わたしさみしいの」
「それはわかったから戻って来いつってんですよこっちは」
「でもやっとみんなわたしをみてくれたの」
「良かったじゃねぇですか、ほら早くこっちに来やが

最後まで言えなかった。
ふわり。
そんな効果音が聞こえそうなほど軽い仕草で、彼女の細い体は宙へと投げ出されたのだ。
長い髪の毛の先がフェンスの向こう側へと消えていく、一瞬の間をおいた後俺はそこへと駆け寄った。
きっと下には赤い色と黒い色が広がっているのだろう、そんな光景を思い描きながらフェンスを握る。
すぐさま聞こえてきそうな悲鳴が、聞こえてこなかった。
閉じていた目を開き、フェンスを握る手を緩める。恐る恐る下を覗きこむとそこには何も落ちてはいなかった。
ただいつもの通り陸上部やサッカー部や野球部が練習をしているだけで。
先程の少女の姿はどこにもない。

「…………え?」

「ほらね」

後ろから、声がした。

「こうするとみんな、わたしをみてくれるの」

いちごみるくの甘い香りを掻き消す鉄の匂いが、ぶわりとその場に漂った。

作品名:いちごみるく 作家名:里海いなみ