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断片

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人形



「おはようございます、ご主人様」
「おはよう」
「今日のご飯はいかがなさいますか?」
「コーヒーを頼むよ」
「かしこまりました」

私は彼女と一緒に暮らしている。彼女との暮らしを始めて、丸3年となる。
春は家の隣にある桜の花を楽しむ。
夏は少し離れた川原で散歩を楽しむ。
秋は鈴の音を共に楽しむ。
冬は白い雪の中、温かいコーヒーを楽しむ。
四季折々を楽しんだ私は、満足していた。
ただ一つ。気がかりなことがあった。

「私との生活は楽しいかい?」
「ご主人様は優しいです。ご主人様は優しいです」
「優しいか。ありがとう。だが、こんな老いぼれとの生活はどうだ?」
「ご主人様は優しいです。ご主人様は優しいです」
「そうか。ありがとう」

彼女の創造に長い時間を費やした。女房に逃げられ、同僚に見捨てられ、社会からは生きる価値のない烙印を喰らった。
私の研究は成功したが、私の研究を喜んでくれるのは私か彼女しか居ない。
その私も衰えを感じ、満足に歩くこともできなくなった。車椅子での移動を余儀なくされた。

「こんにちは、ご主人様」
「こんにちは」
「今日のお昼はいかがなさいますか?」
「コーヒーを頼むよ」
「かしこまりました」

満足にご飯を食べることはできない。私の終幕もそう遠くはないだろう。私は夢を叶えた。人生に悔いはない。
しかし。生み出してしまった彼女。このまま終わらせるには勿体無い存在で、彼女の将来をどうするか決められずにいる。

「散歩に行こうか」
「かしこまりました」

彼女と共に外へ出掛けた。
季節は春。暖かい時間が続く。身体がほっこりと温かい。

「森の先を抜けてみよう」
「かしこまりました」

デコボコ道を通る。森の中は涼しい風が吹いている。気持ちが良い。

「良い天気だね」
「はい」
「気持ちがいいかい?」
「はい」
「気持ちが悪いかい?」
「はい」
「そうかい」

森を抜けると、丘が見えてきた。遠くには桜の木が見える。

「あの遠くにある桜まで行こう」
「かしこまりました」

車椅子を押されながら、ゆっくりと目的地に着く。近くで見ると桜の花びらが綺麗だ。来て良かった。

「お出かけする機会が増えましたね、ご主人様」
「なんだい?」
「依然は自室にいることが多かったです。今は進んで外に行こうとしています。とてもいいことですよ」
「そうだね。もう研究するする必要もなくなった。あとは自由に生きるよ」
「ご主人様は自由じゃないのですか?」
「ああ、そうだね。自由じゃない」

足は動かなく、記憶力の低下に、視力の低下。食べ物が喉に通らなく、満足に生きることができなくなった。

「でも楽しいよ。だらっとした幸せな時間が続いている。今までなかったことだ」
「はい」
「そうだ。サンドイッチは持ってきたかい?お腹が空いたから食べたいんだ」
「申し訳ございません。今から急いで作り、持ってきますか?」
「お願いできるかな。美味しく食べれそうだ」
「かしこまりました」

彼女は来た道を戻り始めた。彼女が森の中に吸い込まれたのを確認した後、私は移動を開始した。
一人での移動は大変骨が折れる作業で、力のなくなった身体を叱咤激励し、動かす。
目指す場所は決まってないが、まあいい。何処へでも行ける。
喉がカラカラになり、息が切れ始めた。腕が動かない。無理をしすぎたみたいだ。

「ご主人様。こんなところにいたのですか?探しましたよ」

後ろを振り向くと、彼女が立っていた。どうやら逃げ切れなかったようだ。

「もっと先を見たくなってね。一人で行ってしまったよ」
「探しました。もう無茶なことは止めてください」
「ああ、分かった」

酸素が足りない。彼女に見つかってしまったし、急ぐ必要はない。家に帰れることだろう。私は疲れに身を委ね、眠りについた。


**

「ご主人様が動かなくなりました。新しいご主人様は必要です」

私はご主人様を地中に埋めました。また失敗してしまいました。前のご主人様は乱暴でした。今度のご主人様は優しすぎました。これではいけません。私が求めるご主人様ではありません。

「ご主人様。待っていてください。私がご主人様を作り上げます。また二人だけの時間を楽しみましょう」

第14524代目のご主人様。今度は元気なご主人様です。望み通りの人格になっていることを望みます。

「おはようございます、ご主人様」
「おはよう」

私はにこやかな笑顔で答えました。新しい人生を始めましょう。


作品名:断片 作家名:シギ