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断片

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あるバイト


不景気だ、不景気だ、と生まれた時から僕らは言われていた。1980年代の香りを今も懐かしむように大人は回想をする。僕らは期待を背負う若手のはずなのに、今の社会では奴隷になることすら難しい。ダメ人間の烙印を押されてしまう。
「人間、仕事だけが全てじゃねーっすよね」
今年、大学4年生の清水くんがぼやく。彼の見た目は、いかにも肉食系男子のようなギラツキがある。当たり前のように嘘。とても軽い人間。コンビニという職場の環境もあってか、大きな休みごとに髪の色を染める。今は大学4年生ということもあり、黒に染め直してるけど、また染めて仕事場に来るのも時間の問題と思う。
「俺、でっけーことしたいんすよ。『あなたの夢はなんですか?』って聞いてくるから、俺、大統領になりたいんすよって答えたら、鼻で笑われた。頭に来ちゃって、ガツンと面接官を殴って、帰ってきちゃったんすよ。当然、落ちたけど、気持ちよかった」
満面の笑みを浮かべている。ひ弱な体つきをしているけど、やるときはやるんだな。世間から見たら、きれる若者に見えるのかもしれないけど、大人は僕たちを値踏みしている。小規模な反乱があっても、いいと思う。僕らは良くも悪くも大人であり、子どもっぽい。
「日本人は大統領になれないよ。外国で国籍を取る必要があるよ」
「マジっすか!?やべー、英語は嫌いなんすよ。俺、日本で生きることを誓ったんで、勉強は小学生でやめたんすよ。中学は学校に行ってなかったっすから」
勉強をやめた彼が大学生になっているのもおかしな話だ。彼が言うには、大学は学ぶ場所ではなく、遊ぶ場所であるとのこと。女遊びが最高っすっと笑みを浮かべる割には、浮いた話を聞いたことがない。たぶん底が浅く、付き合ってて、呆れ返ってしまうのかもしれない。
「あれっすよね。高校、大学に真面目に行ってそうな感じがしますけど、高校中退したんすよね。カッコイイっすよね。俺、中退したいと思って、タバコ吸ってましたけど、厳重注意で終わって、つまんなかったっす。教師の奴も、とやかく言ってこなくて、ラクショーした」
喋れば喋るだけ自慢が始まる。行動的な彼は、どこに行っても武勇伝は言い過ぎにしても、話のネタは尽きない。落ち着きすぎると言われる僕は、真似をしたいところだ。間違っても彼にはなりたくないけど。
「学校に行かなくても、どうにかなるもんだよ。幸せとは言いがたいかもしれないけど、決して不幸せじゃない。気楽にやれていいと思うよ」
「そっすよねー!!フリーターって響きがかっこいいっすもんね。サラリーマンって、なににサラリーしていんのか納得できないっすからね」
知能指数が低すぎて、理解に苦しむけど、同意をしておいた。人間関係を上手く築くには、頷くことと流すことが大事。店長の愚痴やおばさんの話をまともに相手にしていたら、日が暮れてしまうことを学んできた。アルバイトでも学ぶことが多く、日々勉強だと感じる。
「悪いんすけど、今週の木曜日に合コンがあるので、シフト変わってもらってもいいすか?」
意味のない雑談を続けていると、話の骨を折り、頼みごとしてきた。本人は、ベストタイミングだったのかもしれないけど、ジャンプの話から合コンの話に繋げるのは無理があると思う。僕は、いいよ、と返答した。
「あざーっす。この借りは、いつか返します。そう近いうちに返します。どうすか、今度、合コン、一緒に行きませか?クソみたいな女ばっかすけど、やれることはやれると思いますよ」
「はっはっ、ありがとう。でも、またの機会にするよ。借り、つけといてね」
「うーっす」
ノリが軽い。何も考えずに、喋っているのが伝わってくる。僕も彼との会話で脳みそをフル回転させることはないし、お互い様か。未来の日本を嘆いていても、現状、変化しそうにないし。
「あーそろそろ時間すね。お先、上がらせて頂きます。おつかれっす」
時間になったので、帰っていった。夜勤勤務も任されているので、僕は帰ることができなかった。その内、労働基準法違法で訴えるべきかもしれない。まあ訴えたら、職場を無くすし、しないと思う。
人の出入りが少ない夜勤を終え、家に帰る。
携帯電話としての機能を一切、果たしていない携帯電話を覗く。珍しくメールが来ていた。友人と呼べる人間の少なさには自慢ができる。誰から来ているのかと、チェックをしてみると、父親からだった。本文は一言だった。

>帰ってこないか?母さんも心配しています。

簡潔だった。僕は、またか、と思い、メールを削除した。フォルダーの中は空になった。フォルダーを満たすことはないのだろう。出会い系にでも登録したら、話は変わるのかもしれない。
外は明るいが、眠るとしよう。シャワーを浴び、リフレッシュしたところで、床に入る。気持ちの良い朝に眠りにつく。人間という生活をしていない気がするけど、そもそも人間の生活ってなんだ?と考えてしまう。考えても意味がないことを僕は考えすぎなのかもしれない。
おやすみさない。明日もいい日でありますように。

p.s.後日、彼は内定を貰ったようだ。
「俺、できる人間と思っていたんすよね。なんつーか、こう人望があるっつーか。めざましの占いで一位だったし」
喜んで報告していた。めざましの占いも当たると信じれば、当たるのかもしれない。僕はズームインを見てる人間だけど。
「お世話になりました。今週の木曜日で最後っす。お疲れ様でしたー」
「お疲れ様」
「今はフリーターでも、将来、大物になれるっすよ。俺、見る目があるから大丈夫っす」
肩をポンポンと叩き、応援してくれた。悪意はなく、善意でやったことだと思う。善意。悪意じゃないだけに性質が悪い。彼のように、自由奔放な性格をしている人間が、随分と去った。十年単位で働かなくても、人の入れ替わりが激しい。辞めた理由は、人それぞれだけど、正社員になるので辞めていく人もいる。大半は、だるくなって辞めていくんだけど。
僕は、新しい人を指導し、一人前になり、去っていくのを何度も何度も見てきた。僕にかける言葉はどれも優しく善意だ。年上の人には、いつまでもアルバイトをしてるんじゃなく、仕事をしなさいと、軽く説教を貰った。僕が教えたのは仕事じゃないんですか、と問いたくなる。
ウルサイ。
初めは怒りを覚えていたが、今は気にしなくなった。気にしたところで、明日が変わるわけではない。不景気だった日本が好景気を迎えるわけじゃない。
頭が良さそうだと言われる頭を使うことなく、優しいと笑われる言葉を使うことなく、今日も僕は偽物の笑顔を振り向く。今の僕はしっかりと笑えているだろうか。仕事だけじゃない、と喋っていた彼は、今はどんな生活をしているんだろう。
僕はどこにも行くことなく、今日もアルバイトをしている。
未来の僕へ。大人になっていますように。

作品名:断片 作家名:シギ