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フジイナオキ
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novelistID. 20353
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猫と二人- two persons with cat -

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 ごく稀に、美樹田(みきた)賢二(けんじ)は実家で暮らしていた頃の夢を見る。それ
こそ道草をする為に、いつもとは違う帰り道を選ぶ時みたいな、降
って湧いたような気紛れな夢なのだが、起きてからも暫く夢の余韻
に浸っていられるような、そんなノスタルジー溢れる夢を、ごく稀
に見る。
 周期でいったら二年に一回くらいの割合。
 数字にしたら約700分の1だ。
 もちろん、見たからといってどうという事はない。誰にでもある
事だと思うし、どちらかと言えば、人よりは少し少ないのではない
か、とも自分では感じる。
 美樹田の家族は、父と母、そして妹と自分の、計四人家族である。
来年で二八になる今現在の歳まで、幸い誰も欠員は出ていない。
 今は子供が二人とも自立して一人暮らしをしている為、実家には
両親しか住んでいないが、美樹田が中学生の時に父が現在の家を購
入してから、実家の位置も、十年以上変わっていない。
 しかし、美樹田がごく稀に見る実家の夢の舞台は、今も両親が住
む現在の実家ではなく、それ以前の借家である事が殆どだった。
 その借家は二階建ての一軒家で、お世辞にも広いとは言い難い家
だったが、十畳近い広さのベランダと、その家を最後に引退した、
茶の間に敷いてあった緑色のカーペットが、美樹田の記憶に強烈に
印象付いている。
 そんな記憶があってか、夢の中で自分が寝そべっている床が、ま
るでサッカーグラウンドの芝生のような真緑色だった場合、すぐに
それを思い出して、今自分がいるのは昔の実家だと感じ、同時に、
夢を見ている当の美樹田は、それが夢である事を自覚する。何故な
ら、芝生のようなカーペットは、現在の実家に引っ越す時に処分し
てしまって、今はもう何処にも無いのだ。 
 夢の中では特に珍しい事が起こるわけでもなく、淡々といつかの
日常が流れていく。
「賢二! 宿題はもうやったの?」と台所から母の声。
「一時間前にもう終わってるよ」と茶の間で寝そべって本を読みな
がら応える自分。
「けん兄。後で友達来るからそこ片付けといてよね」と部屋を横切
りながら妹の声。
「別に良いけど、後でっていつ?」と茶の間で俯せになって本を読
みながら応える自分。
「賢二。お父さんの小説何処へやった?」と父の声。
「今読んでる。もう少しで読み終わるからちょっと待ってて」と茶
の間で横になって本を読みながら応える自分。
 多少の台詞の違いはあるが、基本、茶の間で寝転がって本を読み
ながらの遣り取りが殆どだ。
 そして、決まって夢が覚める時は、何かを思い出した美樹田が、
もそもそとジャングルのナマケモノみたいに起きあがると、読みか
けの本を片手に台所にいる母の所まで行き、こう尋ねる。
「ねえ母さん。ちょっと……」
 ここで目が覚める。
 起きて暫くノスタルジーに浸ってみても、ノスタルジー以外特に
意味があるとは思えない。そんな夢。
 美樹田賢二は今朝も、そんな少しだけ自分にとっては珍しい夢を
見て、目を覚ましていた。
 時刻は早朝六時。平日なので、もちろん、これから仕事がある。
寝癖で前衛的な髪型になっている頭を掻きながら、頭を切り換えて、
ベットから這い出る。簡単な朝食を食べ、熱いコーヒーを飲む頃に
は、今朝見た夢の内容など、気化していくメチルアルコールのよう
な速度で、すっかりと、実に六割も忘れてしまっている。否、もと
もと内容などないのかもしれない。
 夏も終わり、一年も三分の二を消化した九月。
 久し振りな夢を見た、普段通りの朝は、毎日通り過ぎる信号機の
ように、規則正しく、いつもと同じように流れていく。
 時刻は早朝七時。あと三〇分もすれば、出勤時間である。