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バールのようなもの
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その商店街にまつわる小品集

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五.神崎人形店


その商店街は、それほど大きい訳ではない。
端から端までゆっくり歩いても、10分程でたどり着いてしまうような小さな商店街だ。
それでも商店街の全ての店を網羅することは僕にはできなかった。
枝道や裏通りが多いせいかもしれないし、二坪もないような小さな店がひしめいているからかもしれない。
だが、それ以外の理由もあるのかもしれない。そう考えるきっかけになった出来事がある。



ねずみ色の空からぽつぽつと雨が降り出した。地面が水玉模様に染まっていく。
その日は知人のお使いで荷物を届けに行くところだった。
傘を持っていなかった僕は荷物を服の中に隠し、目的地まで走ってやり過ごそうとした。しかし雨は勢いを急激に増し、前が見えないほどのざんざん降りになった。これでは荷物が濡れてしまう。
商店街のはずれの普段あまり通らない道まで来ていた。道の両側の店のほとんどはシャッターが下ろされている。
その中でただ一つ、ガラスの引き戸の店があった。明かりがなく薄暗いので、開いているのか判断がつかない。軽く戸を引くと、引っ掛かりながらカラカラと開いた。
濡れ鼠になった僕は、仕方がなくその店の中に入り、引き戸を閉めた。

店の中に向き直り、思わず声を上げそうになった。
棚には日本人形の入ったガラスケースがびっしりと並んでいる。その白いのっぺりとした顔が、切れ長の目が僕を見ている。
看板を見ずに入ったが、ここは人形の店であるらしかった。
勘定台はあるが店主の姿はない。ほぼ等身大の、赤い着物を着た女の子の人形が壁にもたれているだけだ。

ガラス越しに聞こえる、テレビの砂嵐のような雨の音。重たい冷えた空気。
僕はゆっくりとガラスケースを覗いて回った。中の人形は様々だ。兜をかぶった男の子。華やかな衣裳を着た芸者。みな細工が細かくて、知識がない僕でも価値を図ることができた。
その中で一つだけ浮いている人形があった。
髪型も着物も地味な町娘の人形。
しかしその表情にはどこか、他の人形には無い憂いがあり、僕には特別美しく見えた。
そっとガラスケースに触れようとした時。
「あんた、その子を買うのかい」
勘定台の方からした声に振り返る。
その声を発したのは、赤い着物を着た少女だった。人形だと思い込んでいたが、店の子だったらしい。
僕が口籠もっていると、怠そうに壁にもたれた少女は「はっ」と笑った。幼い外見には似合わない表情だった。
「冷やかしかい」
雨宿りをさせてほしいと頼むと彼女は眉間に皺を作ったが、渋々といった様子で頷いた。
「仕様がないね、止むまでだよ」
そう言いながら少女が机の上のものに手を伸ばすのを見て、僕は目をむいた。手に取ったのは高価そうな煙管だったからだ。
「ああ?これかい。吸いやしないよ、咥えるだけさ。いけないかい?」
不機嫌な声に慌てて首を横に振る。
「フン」
彼女は火の無い煙管をすぅと吸い、細く長い息を吐いた。ないはずの煙が見えるくらい馴れた仕草だった。

店の中に、ざあざあと雨の音が満ちた。
沈黙に耐え兼ねた僕は、止みませんねと呟いた。彼女は煙管をふかしながら答える。
「直ぐに止むさ。五分も待てば雲が切れる」
どうして分かるのだろう。ガラス越しに外を見たが、雨足は弱まる気配が無い。
「関節がね、軋むんだよ」
そう言われ、着物の袖から零れた彼女の肘を見る。
彼女の肘は、操り人形のように継ぎ目があった。
その継ぎ目からポロリと黒い燃えかすのようなものが零れ落ちた。それは僕がまばたきをしている間に、足が生えているように床を滑り、箪笥の陰へ逃げ込んだ。
見間違えでなければ、それは「雨」という文字だった。
「そら、止んだ」
その声に我に返る。もう一度彼女の肘を見たが、着物の袖に隠れてしまっていた。
彼女は煙管で、ついと窓の向こうを指した。いつの間にか雨は上がり、雲の隙間から黄色い日差しが零れている。
彼女は面倒くさそうに
「買う気がないならとっとと出ていきな」
彼女に簡単にお礼を言い、僕は店を出た。ガラス戸を閉めて振り返る。
神崎人形店。
トタンの看板に書かれたその文字を僕は今でも覚えていて、商店街の見取り図を探してみたりする。けれどまだ一度も見つけられたことは無い。