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バールのようなもの
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その商店街にまつわる小品集

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三.パイプの部屋



その商店街に来てまだ間もない頃、僕は仕事を探していた。
「パイプはどうだろう」
誰がそういったのかは覚えていないが、その場にいたみんながうなずいた。
「そうだな、あそこは助手を探していたはずだから」「どら、地図を書いてやろう」


次の日になって僕はその地図の場所に行ってみた。そこは小さな一軒家で、「ピアノ・オルガン教室」の立て札が立っていた。
パイプというから、なんとなく水道の修理工のようなものを想像していた僕は面食らってしまった。
ともあれ、紹介されたからには行かなければならない。僕は玄関のチャイムを押した。
出てきたのは小柄な老齢の女性だった。顔に刻まれた沢山の皺からかなりの歳だと分かるが、背筋はぴんとしていて全く老いを感じさせない。
僕は名前を名乗り、商店街の人達の紹介で来たことを告げた。
「ごめんなさい、もう一度言ってもらえるかしら」
どうやら耳が遠いらしく、僕のぼそぼそとした声が聞き取れなかったらしい。すまなそうな顔を作る彼女に、もう一度同じことを、少し声量を上げて繰り返した。
「ああ、あなたね。話は聞いてるわ」
促されるまま家に上がった。中も普通の民家となんら変わらない。窓のない廊下は薄暗くて、他人の家の匂いがした。


彼女が突き当たりのドアを開けると、
そこは正しくパイプの部屋だった。


壁の隅々を、太さが様々な茶色いパイプが蔦のように這っていた。
それらを辿っていくと、みんな天井を突き破って上へと伸びていた。
もう一方の端は壁際に置かれた小さなオルガンと繋がっていた。
「あら、ちょうど時間ね」
彼女はオルガンの上に置かれた小さな置き時計を一瞥するとそう言った。

蓋を開けると、オルガンの鍵盤が現れた。随分古いものみたいだ。白い鍵盤がうっすらと黄ばんでいる。
彼女はオルガンの前の椅子に腰掛け、鍵盤に指を乗せた。
その指が下に動いた瞬間、部屋中が震えた。

部屋中のパイプが震えて音を出している。
一台のオルガンから出ているとは思えない音量に思わず耳を塞いだ。
まるで巨人に語り掛けられているような、大きくゆったりとした音。空気の震動は心地の良い痺れとなって身体を包んだ。
彼女は轟音の中でも動じることなくオルガンを奏で続けている。

やがて耳が慣れてくると、音階が聞き取れるようになってきた。
童謡のように素朴な、聞き覚えのあるメロディ。毎日五時に商店街に流れている曲だった。
遠くから聞こえるときは物悲しくか弱げに響く音色が、まるで違う。生きもののような温かさを持って、滝のように激しく迫ってくる。

彼女が最後の音を奏で、鍵盤から指を離した。
余韻を残してオルガンの音が去ると、きぃぃぃんと、耳の痛くなるような静寂が残った。


結局僕が彼女の元で働くことはなかった。だが、今もオルガンの音色を聞くたびにあの部屋のことを思い出す。
今も彼女があのオルガンを弾いているのだろうか。それとも僕の知らない誰かだろうか。