小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

書評集

INDEX|26ページ/45ページ|

次のページ前のページ
 

サリンジャー『ライ麦畑でつかまえて』


 この小説の主人公ホールデンは、とにかく物事を決めつける。こいつはいつでもこうだ。こういうものはどれでもこうなんだ。そして、物事の把握が大げさだ。特に数の表現に誇大的なものが見受けられる。個別の物事について語るにつけてはすべての同種のものについて語り、数量については大げさに誇張し、そして物事の理由はいつもわからない。要するに、認識ひいては論理に感情が強く浸透しているのである。彼の論理は、彼の嫌悪癖によって感情的にゆがめられている。
 同様に、彼の倫理もまた感情によって強く浸透されている。学校では気に入らない授業にまじめに取り組まない。大人たちの作り出す規範に沿おうとはせず、自分の嫌悪感に照らし合わせて自分の行動を決定するのである。そして、気ままで衝動的な行動。自分の中の得体のしれない衝動に、世間の規範を対抗させることがほとんどできていない。感情の移ろいやすさと、感情の偏りがそのまま彼の倫理となっている。
 結局、彼は現実によって論理と倫理を正しく分節化できていず、感情の強い引力の中に論理と倫理を混ぜ込んでしまっているのである。人は現実と歩み寄ることで、論理から感情をなるたけ取り除き、また倫理からも感情をなるたけ取り除く。論理と倫理が感情から分離して高度の文化的な制度を作っているのが現代社会であり、その現代社会の現実に彼は歩み寄ろうとしない。
 そのことを象徴的に示すのが、彼が妹に言って聞かせる「将来やりたいこと」である。大人たちが誰もいず子供たちだけが遊んでいるライ麦畑で、子供たちがわき目もふらず走っていくときに崖に気付かず落ちてしまう危険がある。その崖のふちで子供たちが落ちないようにつかまえることをしたい、と彼は言うのである。この崖とは、まさに、論理と倫理が制度化された大人たちの世界への入り口であり、彼は子供たち(自分も含めて)がそこに落ち込むことを防ぎたいのである。と同時に、この「やりたいこと」は空想的で抽象的で現実離れしている。学者になるとかスポーツ選手になるとかの方がまだ現実寄りである。そのように、現実によって論理と倫理が感情から分離されていない少年の彷徨を描いたのがこの小説である。

作品名:書評集 作家名:Beamte