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ホルンのゆめ

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とあるお店のショーウインドーに、ホルンが一つ、飾ってありました。
そのホルンは大層立派なホルンで、つやつやした金色のからだも、ぐるぐると複雑に折り曲げて丸くまるく整った形や、優雅に開いたあさがおの部分も、ちょっと楽器のことを知っている人が見れば思わずため息をつくような、美しいホルンでした。
そして実際このホルンが、同じお店に置かれているほかのどの楽器よりも丁寧につくられ、大切に扱われているのも事実でした。
このホルンを作ってくれた職人さんは、幸せな楽器におなりよ、といってこのお店にホルンを残して行きました。
楽器の幸せ、ホルンはちゃんと判っていました。
金色の部分が残らず曇ってしまっても。
あさがおの部分が傷ついて歪んでしまっても。
最後まで、願わくばいつまでも大切に吹いてもらえること。
そしてそんな風に自分を迎えてくれる人の楽器になることが、ホルンの夢でした。

ある日、ホルンの飾られているショーウインドーを、一人の男の人が覗き込みました。
もしかして、とホルンはどきどきしながら男の人を見守りました。
しばらくホルンを眺めていた男の人は、そのうちお店の中へ入ってきました。
お店の人と、男の人との会話が、後ろから聞こえてきます。
――これは良い楽器かい。
――ええ、うちで一番良いホルンです。
――なるほど、ホルン、ね。
あさがおのところが気に入ったよ、と男の人は一言だけ言いました。
ホルンは少し、不安になりました。
 
けれどもそれは、全くのホルンの思い過ごしでした。
この男の人には、とても可愛がっている、もうすぐ中学生になる娘さんがいました。
娘さんは生まれつき肺が弱く、少しでも激しい運動をすると、ひどく痛みました。
そのことをずっと心配している男の人がお医者さんに相談したところ、それなら中学に入ったら、吹奏楽で楽器をおやりなさい、と助言を受けたのでした。
それで、男の人は娘さんの誕生日にプレゼントする、楽器を探しに来ていたのです。
男の人は楽器のことには詳しくありません。それでもホルンが選ばれた理由は一つ、このホルンがほかのどの楽器よりも立派に見えたからでした。
 
こうしてホルンは、男の人の手に下げられて新しい居場所へと行きました。 
ホルンの本当の持ち主になる人は、色のとても白い、けれどもとても可愛らしい女の子でした。
初めてホルンを見た女の子は、少し不安そうな顔をしながら、それでも、がんばるわ、と小さな声で男の人に言いました。
その日から、ホルンは女の子のものになりました。
毎日毎日、一生懸命に練習をしました。
そして使われた後は、いつも曇りを残さないようにきれいに拭いてから、ケースの中に戻されました。
ただ女の子はあまり楽器が上手いとはいえませんでしたが、ホルンはそれでも、しあわせだなあと思っていました。
それからしばらくが過ぎて、肺が弱かった女の子は、少しずつ、けれど確実に、健康になっていきました。
ホルンを吹く音にも張りが出てきました。吹ける音も、曲も、増えてきました。
やっぱりまだ女の子の腕前は他の人と比べると下手でしたが、それでもホルンは、幸せでした。

幸せなまま、ホルンはしばらくの時を過ごしました。
幸せだったから、女の子がなかなか上達しなくても、たまに机の角にぶつけられても、気にしませんでした。
吹いてもらえるだけで幸せだったから、段々とホルンを吹く女の子の表情に暗いものが多くなっても、気にしませんでした。
ホルンが、おかしいな、という事に気付いたのは、段々真っ暗なケースの中にしまわれたままの日が増えてきてからでした。
女の子の肺は、ホルンのおかげですっかり健康になりました。もう、走っても跳んでも、ひどく痛むことはありません。
だから、女の子の興味はなかなか上達しないホルンよりも、最近始めたテニスの方に段々移っていました。
次の誕生日のプレゼントは、新しいラケットにもう決まっていました。

そんなことを知らないホルンは、ずっと女の子を待っていました。

ホルンは立派なケースに入れられたまま、真っ暗な場所でずっと独りぼっちになりました。
いつか、いつか。
ホルンはそう思って待ち続けていましたが、あの女の子はおろか、誰一人もホルンのケースを開きには来てくれる人はありませんでした。

ホルンは待って待って待ち続けて、とうとう疲れきって深い眠りにつきました。
作品名:ホルンのゆめ 作家名:雪崩