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 告白の日がやってきた。佳乃と杉谷の待ち合わせ場所である駅前の近くの喫茶店で、最後の作戦会議だった。今は『最後』という言葉が、すごく意味深に思える。
「ああ、緊張する。いい?絶対待っててよ?」
「分かってます」
 佳乃は一つ、大きな深呼吸をしてから、くるりと背を向けて、いつもの迷いのない歩き方で進んでいった。喫茶店はビルの3階に入っているため、窓際のこの席からは駅前のようすがよく見える。しばらくすると、ここから出て行く佳乃が見えた。すぐに杉谷らしき人物を見つけ、駆け寄る。二人が来ることになっているのは、この喫茶店だ。二人が座ることになっている席は、ここからちょうど見えなくなっている。

 佳乃は、鈍すぎる。その面に関しては、とても高校二年生の女子だとは思えない。これも初恋だとか言っていた。その時点で佳乃が僕に恋をしている可能性がゼロになった。有り得ないとは思っていたが、改めて現実を突きつけられると、やはりショックなものだ。きっと、単なる幼馴染である僕は、佳乃にとって恋愛対象ではないのだろう。
 佳乃が僕以外の誰かに恋をする。いつかは来ると分かっていたことだ。その時は全力で彼女を応援しようと決めていた、はずだ。それが今の僕はどうだ。この告白が失敗すればいい、失敗して少しでも僕が取り入る隙ができればいいと、そんなことばかり考えている。たとえ彼女が傷ついても、悲しんでも、他の男のものになるのでないのなら、その方がマシだ。
「汚い人間だな」
 自分にしか聞こえないほどの小さな声でつぶやく。窓の外を見る。佳乃達がこのビルに入ってきたのを見届けて、目を閉じた。
 今、ここから消えてしまえればどんなにいいだろう。

 いつの間にか寝ていたらしい。といっても、時計を見ると数分しか経っていない。荷物も大丈夫だ。
「あ・・・佳乃さん」
 思わず飛び上がりそうになる。向かいの椅子に佳乃が座っていた。
「・・・・・・だった」
「はい?」
 声が小さすぎて、よく聞き取れない。
「・・・だめだったの。年の差、住んでる場所、社会人と学生の違い。考え付く理由全部あげて断られちゃった」
 あはは、と、佳乃が笑う。当然一緒に笑うことなどできない僕は、ただただ無言で、彼女を見つめていた。
「帰ろっか。自転車の後ろ、乗せてね」

 思いの外、佳乃は明るかった。僕の自転車の後ろに乗って、無愛想な返事を返すだけの僕に、ずっと他愛もない話をしていた。いつもの佳乃。よく笑い、よくしゃべる。でも違う。今の彼女は、いつも通りを装っているだけだ。流れてくる涙をおさえるために、いつもと変わらない姿を僕に見せようとしているだけだ。鈍すぎる僕の想い人は、僕の恋心に気づかないどころか、僕に弱い面を見せようとすらしてくれない。

 家の近くの桜並木まで来た時、すでに日は暮れ、あたりに人影はなかった。
 今は4月のはじめ、桜は満開を過ぎ、すでに散り始めている。ひらひらと舞う花びらはとてもきれいだ。なんとなく、自転車をこぐスピードを緩めた。
「きれいだね、桜」
「そうですね」
 こんな無愛想な返事しかできない自分が嫌になる。何か気のきいた一言でも、言えるなら言いたい。それができれば、何か変わるかもしれない。
「私のお父さんがお花見しようって言ってたの、聞いた?お互いの家族でお弁当作って、持ち寄りパーティしようって。きっと、じっと座って見るのもきれいだよ。いつもこうやって通り過ぎるだけなのもいいけど、ちょっともったいないね」
 だんだんと泣き声に変わる。長い付き合いだが、佳乃のこんな泣き方ははじめてだった。
 慣れないおしゃれをして、真剣にプレゼントを選んで、こんなに一途に恋をする女の子が、どうして今泣かなければならないのだろう。
「佳乃さん」
 返事はない。
 僕は一体、その返事に何を期待していたのだろうか。傷ついた彼女の隙につけこんで、自分に想いを向かせて、それで僕が満足できようとできまいと、彼女は、佳乃は幸せなのだろうか。
「佳乃さん」
 想いを伝えるだけなら、罪にはならないだろうか。自分の想いを押し付けることが、彼女の重荷にならないだろうか。次から次へと疑問が湧いてくる。結論を出す前に、言葉が出た。
「好きです」
 僕の背中につかまる彼女の腕に、きゅっと力が入った。
「ずっと前から。いつからか、正確にはもう覚えてないぐらい前からずっと」
 佳乃は何も言わなかった。ただ静かに、僕の言葉を聴いていた。
「世界にはまだ、佳乃さんを好きな人がいるんです」
 だから、そんなに悲しまないで。どうか、どうか、その涙を止めてください。いつものように、笑ってみせてください。
 ただ、今は。
「気の済むまで、泣いてください」
 時折、強めの風が吹く。まだ少し肌寒いが、今の僕たちには丁度いい。よく分からないもやもやしたもの全部、風に洗われていくみたいだった。
 君の涙も僕の涙も、すれ違った恋心も全て忘れてしまおう。明日にはきっと元の通りに戻れる。
 そしてまた、僕たちは何事もなかったかのように笑うのだ。
作品名: 作家名:百千