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俺は雑貨屋に並んでいるくまのぬいぐるみ(少し大きめのやつで、抱きまくらに丁度いいような、ほわほわしているやつ)の、茶色や水色や桃色などがある中で、白が一番かわいい、と思ってしまい、その瞬間、とんでもなく愕然とした。そんな馬鹿な、と。二週間前は確かに黒が一番いいと思ったのに。白なんてもってのほかだと思ったのに。

 二週間前。俺が秋人(あきひと)の買い物に付き合わされたときのことだ。その日もあいつは白のコートを来て、マフラーまで白くって、とにかく真っ白だった。秋人は白が好きなんだ。俺は白い服を着る奴の気が知れないけれど。
 だってすぐに汚れてしまうし、なんだか、とても弱々しく見える。実際、秋人は見ていて危なっかしい奴だ。へらへら、ふらふらしている。
「なあー、冬也(とうや)、見て! これ! この白いの可愛い!!」
 秋人は頬を紅潮させて言った。彼は肌が白くて、血の色がよく透けるので、すぐにほっぺが紅くなる。色素が薄いから、染めてもいないのに髪が茶色っぽく、長い睫毛の色も薄い。
「そうか? こっちの黒いやつの方が可愛いだろ」
 結局、秋人はその日、くまは買わなかった。

 しかしその三日後、いきなり電話が来て、「黒いの買ったよ!」とあいつは言った。「冬也が可愛いって言ったから、なんか俺も、そんな気がしてきて」と。
 俺はそんな秋人を馬鹿だなあと思った。俺は絶対そんなふうにはならない、という確信があったから、電話口で嬉しそうにそう報告する秋人を子供じみていると思った。

 ところが、だ。俺は白いくまを可愛いと思ってしまい、あろうことかいま自宅で手にしている。買ってしまった。こんなはずではなかったのに。
 途方に暮れて部屋を見渡すと、以前に比べて色が増えたことに気付く。黄色い花だったり緑のゴミ箱だったり。以前、というのは、秋人に出会う以前のことだ。俺は友達なんていらないと思っていた。一人でも生きていけると思っていた。
 黒で身を固めていると、安心できた。強くなれた。黒は何色にも染まらない色だから。けれども白は――。

 秋人は今頃、また俺の知らない誰かと遊んで笑っているんだろう。白い頬を紅潮させながら。
 あいつは俺と違って友達が多い。誰とでもすぐに仲良くなれる。白い秋人は何色にでもなれるのだ。その都度、相手に合わせて、水色にでも桃色にでも。
 白は危なっかしくて儚げで、弱々しく見えるから、弱い色だとばかり思っていた。秋人に会うまでは。本当は、白は何色にでもなれる、とても強い色だったんだ。

 そして――黒を唯一、変えることができるのが、白、なのだ。

 俺は秋人に電話をかけてみた。「もしもしっ?」と底抜けに明るい秋人の声がきこえた。
「どうしたの、冬也?」
 秋人の周りは賑やかなようだった。大勢の笑い声や話し声が、遠くから近くからきこえてくる。たぶん居酒屋かどこかで仲間たちと飲んでいるのだろう。そこには俺の知らない色の秋人がいる。時刻は十時を回っていた。
「あとで俺の部屋に来いよ」
 と言いたかった。もちろん、言えるはずがなかった。こちらからかけた電話なのに、俺はずっと黙りっぱなしだった。
「なあ冬也……あとでそっち行っていい?」
 だから、そう言われて俺は、本当にびっくりして、胸がとくんと高鳴った。でもそれは嬉しい、というより、苦しくて苦しくてたまらない、かなしいものだった。
 俺は「ああ、いいよ」とだけ言って電話を切った。
 折り畳んだ携帯を胸元で握り締め、その場に崩れるようにしてしゃがみ込んでしまった。胸が焼けるように熱くて苦しかった。早く会いたいと思った。そんなふうに思ってしまう自分に、また、愕然とする。
 ふと窓の外を見上げると、雪が静かに降り始めていた。天気予報では今夜は一晩中降ると言っていた。朝になれば外は一面の銀世界だろう。穏やかに優しく降り続ける雪を眺めていると、俺は、自分の胸にも雪のようなものが降り積もってゆくのを感じた。
 冬の黒い大地を真っ白く染め上げてしまう雪。

 俺はその錯覚を振り切るために、慌てて白いくまのぬいぐるみをクローゼットの奥に仕舞った。これは秋人には絶対に見られてはいけないと思ったから。

 それでも外では変わらず、しんしんと雪が降り続いている。
作品名: 作家名:明治ミルク