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花月水都 そのいち

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「あ、水都か? 俺や。・・・すまんけど、ちょと、ポカやらかして、しばらく東京へ出張や。十日ぐらいで帰れると思うから、待っててくれ。すまん、時間ないねん。ほな、またな。」

 返事をする暇もなく、携帯はいきなり鳴って、いきなり切れた。あんまり突然のことで、俺は呆然としているしかなかった。珍しいこともあるものだ、と、しばらくして、ようやく携帯を胸ポケットに直した。

 仕事を終えて帰宅したら、出張のためなのか、同居人の寝室は、綺麗になっていた。出張や残業の無い仕事を選んだはずだが、やはり、それなりのことはあるのだな、と、その寝室のドアを閉めて、ふうと溜息をついた。久しぶりに、ひとりきりになったのだと、その時に気づいて、少し笑った。





「御堂筋、電話。吉本から。」
取り次がれた相手の名前で、「え? 」 と、御堂筋はびっくりした声を出した。そりゃそうだろう、だって、相手は朝から職場で、ものすごい腹痛を訴えて、病院へ運ばれた相手だ。
「もしもし? おまえ、大丈夫なんか? 」
「おう、さっき、課長には報告した。盲腸やねん。」
「はあ? 」
「盲腸を切らなあかんのや。」
「う、え? もうちょー? え? 痛ないんか? 」
「今、薬で抑えてあるんやけどな。すまんけど、おまえに頼みがあるんや。ちょっと抜けてきてくれへんやろうか? 」
「そら、かまへんけど。」
 仕事の引継ぎもあるし、独り身であるから、何かと大変だろうと、課長も、すぐに許可はくれた。しかし、だ。吉本には、内縁の妻がいて、そんな心配は無いはずなのを、御堂筋は知っていた。何事だろう、と、慌てて、教えられた病院へ駆けつけたら、「すまんけど、家まで戻って、入院の荷物と保険証とかを取ってきたいねん。」 と、病室で拝む格好の吉本が、青白い顔で待っていた。
「おまえ、そんなん・・・」
「いや、おまえの言いたいことはわかってる。皆まで言うな。・・・とりあえず、鎮痛剤が効いてるうちに手続きとかせなあかんのや。頼むから付き合ってくれ。」
 確かに、急ぎではあるだろう。説明は後回しに、タクシーで、吉本の自宅へ同行した。保険証や通帳と印鑑、入院の準備を、よろよろと吉本は、自らで用意した。そして、それから、いきなり、「まあ、座れ。」 と、お茶を入れだした。
「余裕あるんかないんか、ようわからへんな。」
「余裕は無いけど、ここで説明しとく必要がある。・・・・俺の家の場所は覚えたか? 」
「・・・まあ、だいたいはわかった。」
「それから、これから、俺の嫁の携帯の番号を書いた紙を渡す。」
「はあ? そうや、嫁っっ、嫁は、どないしたんや? おまえの嫁っっ。」
「嫁は仕事や。・・・・ええか、おまえは、うちの事情を知ってる唯一の人間やから、おまえにしか頼まれへん。すまんけど、頼まれてくれ。」
「なんや? 」
 珍しく真剣な顔で、吉本が頭を下げた。そこまでされたら、御堂筋も、真面目に聞くしかない。「うちの事情」なるものを、御堂筋だけが知っているのも事実だ。職場で、さすがに、情報開示できる内容ではない。吉本の、「俺の嫁」が、同性であるということを、だ。
「俺の入院は、俺の嫁には内緒にする。急な出張で、東京へ十日出るって、さっき連絡しといた。だから、その十日のうちに、おまえ、適当でええから、うちの嫁とメシ食ってくれ。」
「え? 」
 依頼の内容が意味不明だ。相手が女性だったとしても、入院することを伏せるのはおかしい。さらに、なぜ、その吉本の女房と食事しなければならないのかすら、不明だ。
「・・・いや、もう、ほんま。うちの嫁は、『かなり人生投げかけている人』なんでな。俺がおらんと、メシ食うのすら面倒になるんよ。金は、俺が用意するから、頼む。」
「えーっとな、吉本。意味がわからんのやけどなあ。なんで、入院を隠す必要がある? 」
 そこで、吉本は苦笑して、「俺の嫁はな。俺が五体満足でないと、『人生全部投げてしまう人』なんよ。せやから入院なんて、もってののほかなんや。」 と、だけ言った。それ以上に、何かを聞ける様子ではないが、何かあるらしいとは、御堂筋も思った。だから、素直に、「わかった。」 と、だけ頷くことにした。
「あ、せやけど、手は出すなよ。」
「あほかっっ。俺は完全無欠のノンケじゃっっ。」
「いやいや、わからへんで、俺かって、元はノンケやねんから。」
 病人でなかったら、殴ってやりたいと御堂筋は思ったが、さすがに、それはやめた。ここで惚気るのが、吉本の性格だ。腹が据わっているというか、いつでもどこでもマイペースというか、とりあえず、自分が手術しなければならないということにたいする不安は皆無らしい。
「わかった。ほな、おまえの金で、せいぜい旨いもんでも食わしてもらおうやないか。」
 という程度の意地悪を言うに留めておいた。すぐに、病院に取って返し、吉本は、翌日には手術ということになった。慌しく検査に引き立てられていく吉本は、その合間に、御堂筋と仕事の打ち合わせをして、どうにか一日の予定を終えた。携帯電話が使えない場所なので、電源は切ってある。
「・・たかが十日・・・されど十日・・・・一週間までは大丈夫やけどなあ。」
 電源の落とされた携帯の画面を睨んで、吉本は溜息をつく。別に大病でも重病でもない。だが、知れば、自分の嫁は、人生を投げる。だから、絶対に教えない。

 翌日、予定通り、手術は始まった。下半身麻酔なので、大変、暇だ。意識はしっかりしているので、考えるぐらいしかすることはない。
 まさか、盲腸が暴れるなんて思いもしなかった。五体満足の老衰家系だっていうのが自慢だったのに、入院する羽目になるとは思わなかった。正直に、そう告げたら、同居人は、なんと返事しただろう。たかが十日、されど十日。たぶん、「あ、そう。」で忘れられて、たぶん、誘われるままに女とどうにかなって、そのまんま生きていくだろう。
・・・・十日というのは、同居人にとって、そのぐらいの時間だ。・・・・・

 学生の頃、たまたま、同じ授業をとった。それも、不人気で俺と同居人だけしか生徒がいなかった。俺は、それを齧ってみたいと思ったからだったが、同居人はバイトとの兼ね合いで、その時間が空いていたからだった。
 どういう経緯か知らないが、同居人は高校ぐらいから、同じバイトをしていた。それも、夜の割のいいバイトではなくて、昼のバイトだ。それなのに、信じられない時間給を貰っていて、学費も生活費も、そこから賄っていた。
「親は? 」
「・・・・さあ?・・・」
 授業を終えて、缶コーヒーを飲む間だけの雑談は、弾むことも無く、いつも、無口に、ふたりしてコーヒーを飲んだ。まあ、煩くなくて、俺は、結構気に入っていたのだけど。そこでする雑談で、少しずつだが、浪速の生活とか周囲全般のことが、朧気ながら掴めていくのが楽しかった。親がどうしているかわからないが、接点はないらしい。だから、独りで黙々と働いて学生生活を送っている。大学への進学も、高校の担任から薦められての事で、当人は、どちらでもよかったそうだ。
「図書館が自由に使えるというメリットと学食は、生活の足しになった。」
作品名:花月水都 そのいち 作家名:篠義