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いつものタバコ

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タバコの種類を代えようと思った。
 特に代える理由はなかったが、ふとそんなことがニコチンを取り入れて整理された頭の中に浮かんだ。
 タバコを吸い始めてからもう二十年以上経つが、そんなことを思ったのは初めてだった。そもそも私は、タバコの種類によっての味の違いやタールの強さ等が全く分からなかったので、代えたところで何の意味もない。分かる違いと言ったら、メンソールが入っているかどうかぐらいだ。
 私がこの種類を選んだきっかけ――タバコを吸い始めたきっかけは、成人式の時だった。
 中学の頃、俺には片思いの相手がいた。黒髪の似合う清楚な子で、他の男子からも人気があった。だけど、恋愛とは無縁で、かわりに部活動に熱心な子だったので、誰かと付き合ったといった噂もなかった。彼女と私はお互いに顔を知っている程度で、友達と呼べる関係にもなれなかった。
 そんな彼女とは、成人式で再会を果たした。その時の私は既に別な相手に好意を抱いていたし、正直に言うと、会場で彼女に会ってから当時片思いしていたことを思い出したぐらいだった。
 彼女はほんの数年で大きく変わってしまっていた。『成人式に行くと、女子が誰だか分からなくなる』ということは大学の先輩から聞いていたが、正にそれを実感させられた。
 おとなしい雰囲気から打って変わり、金髪に厚化粧で、男慣れしていそうな雰囲気がすぐに感じられた。
 私はショックも確かに受けたが、それでも一度惚れた相手であるため、変わってしまった彼女の姿も悪くないと思った。
 二次会の酒の場で、彼女は大ジョッキでビールを掲げ、乾杯のかけ声と共に豪快に飲み干した。瞬く間に酔うと、今まで交際したダメな男との過去の話を当時の女子仲間と話しながら、薄い唇でタバコを銜えた。ゆっくりと煙を吐き出す彼女は、何か思い詰めたような表情をしていた。
 その場にいた男子の友人が彼女と同じタバコを吸っていたので、私は一本もらって人生で初めてのタバコを吸った。が、当たり前のように肺には入らず、すぐにむせた。
 悶える私の姿を見た彼女は、大人に憧れる子供を見ているかのように、鼻で笑った。
 
 つい先日、会社の喫煙所で会った新入りのOLには、『失礼ですけど、新田さんってタバコ似合いませんね』と言われた。そんなことを言われても私は辞めようと思わなかったし、タバコに似合うも似合わないも無いだろ、と心の中で呟いた。
 
「そんな種類のタバコ吸ってるから、モテないのよ」
 独身時代によく通っていたバーのママに言われた言葉だった。だけど、私は代えようと思わなかった。理由は単にカートンで買い込んでいたからだった。

「禁煙したら、結婚してあげるっ」
 私はその言葉を聞いて禁煙を始めた。結果、その相手は無事私の妻になってくれた。だけど、子供が出来てから、私は再びタバコを吸い始めた。妻は呆れたのか、ただ一言「子供のいるところで吸わないでね」とだけしか言わなかった。

「78番を、一つ」
 会社帰りのコンビニで、私はいつも吸っている物の隣の番号のタバコを買った。店を出てすぐに一本吸ってみたが、やはり違いはさっぱり分からなかった。
 家に着くと、子供をちょうど寝かし付けたばかりのようで、妻は冷蔵庫から取り出した缶ピールのフタを開けていた。
「ねぇ、お酒呑んでるときってタバコが吸いたくなるって言うけど、そうなの?」
「知らないよ。吸っている側からすれば、害も税金もなけりゃ二十四時間吸っていたいよ」
 私が着替えながら投げやりに答えると、脱いだスーツのポケットから、妻は買ったばかりのタバコを取り出した。
「あら、いつもと違うタバコ」
「そっちの方が安かったんだよ」
 私はテキトーな嘘をついた。
「あたしも今更だけど、吸ってみようかなぁ?」
「やめときな。皺が増えるだけだよ」
 むっとした妻と目を合わせるのが嫌なので、私は妻の手からタバコを奪い、ベランダに逃げた。
「そのタバコは、甘いニオイがするから好き」
 隣に座り、火照った顔を私の肩に乗せて妻は言った。
 私には前の物と変わらないタバコのニオイとしか思えなかった。
 タバコを吸い始めたことをきっかけに、私から若さという肩書きが消え、歳を重ねる毎に老けていった。ほんの数年で彼女は別人のように変わってしまっていたのに、私は二十年経っても何も変わらなかった。ただ生きていける年数を減らしていくばかりだった。
 妻子を持って、仕事も順調にこなせているだけでも幸せなことなのだろうが、私はずっと吸い続けたタバコを代えることによって、何か変化を求めていたのかもしれない。
 
 翌日、私はまた理由もなく、一箱吸い終わらないまま元のタバコへと戻してしまった。
「どうして前のに戻しちゃったの?」
「ん~、こっちの方が身体に優しいから」
「タバコなんだから、身体に悪いのには変わりないじゃないっ」
 何故だか不機嫌な妻を余所に、私はベランダでいつものタバコを肺に入れた。
 別に彼女のことを思い出したり顔が浮かんだりはしない。そのような未練はそもそもとっくのとうに切れていた。
 ただ、何か違和感を感じた。舌触りが違うような、肺にぐっとした重みを感じた。これがタバコの味の違いか、と私は初めて思った。
「私ね、なんであっちのタバコのニオイの方が好きか分かった」
 キッチンで洗い物を終えた妻が背中を向けたまま唐突に言った。
「歳の離れた兄貴が吸ってたタバコだったのよ」
 ふうん、とだけ私は答え、短くなったタバコを銜えた。少しだけ味が濃くなっている気がした。
 ――タバコの種類は、味やニオイよりも、若い頃の気分に浸れるものを選んでいるのかもしれない。
 やっぱりこのままこの種類を吸い続けよう、と私は思い、タバコの先を灰皿に押しつけた。
作品名:いつものタバコ 作家名:みこと