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ピーターとカレルフの森

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ピーターはお父さんが兵役で隣の国へ戦争へ行っていて、お母さんと二人暮らしでした。ピーターの家はかなり貧しく、学校へはなんとか行けましたが、みすぼらしい姿が原因でクラスメイトからいじめられていました。村の地主からお金を借りていて評判も悪かったからです。それでも地主の子供である幼なじみのアリアはいつもピーターのことをかばってくれました。ピーターはお父さんが戦争に行く前に毎日話してくれた昔話を自分なりにアレンジしてアリアに聞かせてあげたりして、毎日を過ごしていました。


 ピーターの住む村の近くには、「カレルフの森」という大きな森があって、その森の中へ入ると、人食いの化け物がいて、二度と帰ってこれないと言われていました。しかしピーターはそんな言い伝えは信じていませんでした。森の化け物はきっと良い生き物に違いないと、アリアにその森の物語を自分で作って聞かせていました。
 アリアも、「きっとそうね」と疑いませんでした。


 しかしある時、戦場からピーターのお父さんが死んだことを知らされ、お母さんはショックのあまり、家から突然姿を消しました。ピーターはお母さんがどこに行ったか知らないかと村人に聞くと、皆、にやにやしながら言いました。
「お金が払えねぇからお前を置いてカレルフの森へ一人で死にに行ったんだよ!!」
 ピーターは怒りで、「そんなはずない!! 母さんの悪口を言うな!!」
 と勢い余って大人一人を殴ってしまいました。
「このガキ!!」
 その人はこぶしを握ってピーターにつかみかかりました。そこへ幼なじみのアリアが止めに入ったので、大人達はピーターの顔に唾を吐きかけて笑いながら立ち去っていきました。


 アリアの家ではけがの手当てができないので、村の大人の中で唯一の理解者である、医者のロビンの元へ行きました。アリアもピーターのお母さんが行方不明になっている噂を聞いたらしく、心配して言いました。
「お母さんはきっと戻ってくるわ。だから間違ってもカレルフの森へ入っちゃ駄目よ」
 ロビンも大きく頷きながらピーターの目を真っ直ぐ見ていました。




 その夜、ピーターはお母さんのことで頭が一杯で、眠ることができませんでした。ピーターはいつもお父さんが寝る前に話してくれていた、カレルフの森の奥には森の女神様がいて、正直者がお願いすると、何でも一つだけ願いを叶えてくれるという話を思い出していました。お母さんもその話を聞いていましたから、お母さんはきっとその話を思い出して、森の女神様に会いにカレルフの森へ行ったのだと思いました。
 ピーターはアリアが朝学校へ一緒に行く為に迎えに来る前に、家を抜け出し、村を離れて、カレルフの森の入り口までやって来ました。入り口には、村の大人が立っていましたが、交代のチャンスを狙って、森の中へ飛び込みました。


 森の中はうっそうと色の濃い草木が生い茂っていて、足の踏み場も無く、すぐに自分がどこにいるのか分からなくなってしまいました。次第に疲れてきて、もうろうとして歩いている時に、ふいに足を木の根に引っ掛けて倒れてしまい、そのまま急な崖を転がっていってピーターは気を失ってしまいました。


 夢の中でピーターは、お母さんの声がどこかから聞こえたような気がしました。暗闇の中で、その声が聞こえる方角へ歩いていくと、お母さんがぼんやりと立っていましたが、突然恐ろしい化け物に変わったのです。あわや襲われそうになるところで、その化け物はうめき声を上げながら消え失せていきました。 目を覚ますと、背中に透明な羽を生やした不思議な姿の子供がニヤニヤしながら笑ってピーターの顔を覗き込んで立っていました。
「今、お前の夢の中に入って、お前の〝不安〟という化け物を食っちゃった」と言いました。
 ピーターは、「君は誰?」と体の痛みをこらえてやっとの思いで言うと、
「俺様は、このカレルフの森に住む妖精、パーカーさ!!」
 その子供は満面の笑みで側転しておどけて見せました。
「俺の姿は、心の綺麗な奴ほど、美しく映るものなんだ。少し難しく言えば、俺様には実体が無い」
 とパーカーは言いました。
「お前の瞳に映ってる俺様の姿、お前と似ているな。前にこの森に来た大人達の瞳には、おっそろしい化け物が映ってたけどな」
 ピーターはなんとか立ち上がって、「僕は、この森へ、お母さんを探しにやって来たんだ。君、まさか、僕のお母さんを食べたりしていないだろう?」
 再び不安が湧き出てきて、そう尋ねました。するとパーカーは「ハハハ!!」と大笑いして、ピーターを見透かすように、にらんで舌なめずりすると、
「まさか!! そんなことはないさ!! 俺様は心の汚い部分しか食べないからね。お前の母さんらしき人なら、数日前の夜、このカレルフの森へこっそりやって来て、道に迷っているところを俺様が道案内してやって、森の女神様、フー様の元へ会いに行ったよ。お前の母さんらしき人の瞳には、お前に似た大人の男が映ってたな」
 と言いました。
「ねぇ、パーカー、僕はお母さんを探しているんだ。お母さんと一緒に村へ帰りたいんだ。僕もフー様の元へ連れて行ってくれないかい?」
「それはおやすいご用さ。けど、お前の母さんは、このカレルフの森へやって来た他の動物達と同じように、ちょっとばかり心のバランスが崩れちまってて、外の世界へ帰ることができないかもしれねぇぜ。フー様は、そういう者達の心を治療する為に、この森におられる。俺様はというと、そんな迷える生き物達を、フー様の元へと導く為に存在しているんだ」
 とパーカーは言いました。そして、空を覆う木々から漏れる光の射し加減を見て、
「あぁ、もうこんな時間だ。動物達がフー様に会いたくて、この森の中でさまよっている。お前さんの母さんのように、ね。さっきも言ったように、俺様はそんな奴らをフー様の元へ導く仕事をしているから、すぐに彼らの所へ行かなくちゃいけない。お前も母さんに会いたいんだったら、ついて来ても構わないぜ? なら、俺様の後について来い。…ちょっとばかり遠回りになるだろうけど、俺様の世界一のダンスと歌とジョークで、そんな時間はあっという間さ。少し体が痛むと思うけど、フー様の元に着くまで、我慢しな。あぁ、遠くからカラスの泣き声が聞こえてくる。さぁ、行かなくちゃ!! お前も自然と俺様のダンスと歌に引き込まれてそのうち沈んだ気分が弾んでくるぜ!!」
 とパーカーはおどけて言いました。


 ピーターはパーカーの不思議なダンスを見、歌を聞いているうちに、本当に心が弾んできて、笑顔を取り戻しました。森には霧がかかってきて視界が悪くなりましたが、パーカーから発せられる香水の匂いをかぐと、不安は瞬く間に消えて、その中を元気よく突き進んでいくことができました。森の草木達は、パーカーのダンスに合わせて体を揺らめかせ、一緒に歌を歌いました。やがてさまよっていたカラスを見つけると、パーカーは、「さぁ!!」とカラスに手を差し伸べて、カラスの暗い表情をあっという間に明るくさせました。