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僕とトワちゃんのこと

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僕の名前は一都瀬永悠(ひととせながひさ)。今年15歳になる。
 好きな物は幼なじみの緋佐方十和子、通称トワちゃんなんだけど、トワちゃんには余り好かれていない。だけどそれじゃ困るのだ。僕の幼い頃から今まで続く将来の夢は、世界に僕だけしか頼りのなくなったトワちゃんの手を踏みにじって、この世で一番悲壮な顔を作る事なんだから。

 僕の今の夢は、表情と声の抑揚を無くしてしまったトワちゃんにソレを取り戻してあげることなんだ。ね、今の好青年ぽくなかった?
 トワちゃんにも、人たらしの笑顔とか、人を惑わす甘言に脚が生えてるような男とか、よく褒めて貰えるよ。
 それで、趣味もトワちゃんの事なら何でも知ってるよ。だって好きなんだもん。
 焼いた蛙や蛇を食わされて吐きそうになったけどけど、人から貰った物だと思うと粗末に出来なくて健気に飲んでやっちゃった時の事とか。
 何十分もくすぐられ過ぎて痙攣して失禁して涙目になった時の情けない顔も覚えている。
 何より誰より人が好きな事も知ってるし、僅かな感情や体調の変化だって分かる。

 トワちゃんはあれで正義漢でね、木に登って降りられなくなった子どもを助けようとした事もあるんだ。勇ましいだろ?
 まぁ、一緒に降りられなくなったから、僕が下ろしてあげたんだけどね。
 どうやってって……木の幹を蹴っ飛ばしたんだよ。思い切り。だって、上手く落ちようと思うと受け身取っちゃうだろ。大丈夫、トワちゃんが庇ったから、トワちゃんが腰を打って二三日家の中を這いつくばって生活するだけの被害で済んだよ。

 トワちゃんは虐められっこでね、本当なら学校にも行かなくてもいいくらい心に深い傷を負ってるんだけど、毎日ちゃんと学校に来るんだよ!
 何でって、僕が毎朝迎えに行くからさ。トワちゃんは人の好意を無下に出来ない子だからね、毎朝健気に迎えに来てくれる幼なじみを無下に出来ないんだよ。
 それがうわべだけだって分かってても、行きに田んぼの側溝で朝食を全部吐いちゃう事になっても、億に一つ、僕に純粋な好意があった場合を信じちゃう子なんだ。愚かだと思わない? そこがまたかわいーんだよ。
 そういえば、まだトワちゃんの外見とか中身の話をしてなかったね。教えておいたら、君もトワちゃんに痰を吐きかけたり、あの綺麗な髪をわざと引っ張ったりして楽しませてくれるかもね。
 トワちゃんは、背中まである黒い髪で、顔は瓜実型って奴。額は広めの……日本人形や日本画みたいな顔。黒目ばかり目立つ切れ長の一重に、兎みたいにちょこんと付いた鼻筋の通った鼻。白い色の肌。
 だけれど、そのどれもかもが、絵で描いたかのように同じ所に固定されていて、所定の位置からは全く動かない。ならさぞかし幽霊画のような不気味な顔をしていることだろうと思うでしょう?
 以外や以外、口数は多くて、ぼそぼそ喋るのが悪い事だと思っているから通る声で歯切れ良く物を言う。黒目の色なんかはキラキラと星が映るくらい潤んでいるから、トワちゃんのお婆ちゃんなんかは理知的だって褒める。
 だけどさ、人形みたいな顔の子が美人で頭もいいって出来すぎだろ? そんなの漫画のキャラみたいで、僕のトワちゃんじゃない。
 だから僕は、トワちゃんを人に紹介する時は、無表情のデブスちゃんって呼ぶ事にしてる。実際トワちゃんは女子中学生にしてはやや豊満な体つきだし。
 あと、髪からは藁の臭いがして、いつも汚い制服を着てる、とも言っているよ。実際は、毎日ブラシと消臭剤を掛けて、週末には自分で染み抜きまでしてるんだけどね。
 でもね、人って真実を見ないんだよ。面白いでしょ。
 表情と愛想がない、僕みたいな人当たりのいい男の子に幼なじみだって理由で傅かれてる女の子は、多感な女子中学生には無条件で汚く見えるんだよ。
 きっと、あの子達の目に映るトワちゃんは、湿気で膨らんだ日本人形や、パンパンに膨らんだ九相図みたいに見えてるんじゃないかな。
 あ、九相図ってのは日本画なんだけど、人間が死ぬ所模写してるの。トワちゃんのようにお人形さんみたいに白い女の人が、白目向いてパンパンに膨らんでるの。面白いでしょ。
 本当、女の子は滑稽で可愛いよ。生け花のお師匠さんやってるお婆ちゃんの所で年中花に囲まれて暮らしてるトワちゃんに、生ゴミ臭いって言うの。毎日とかしてる髪を摘んでカラスの臭いがするって子もいるかな。
 だけど、トワちゃんは「しません」って一言言うだけで、泣きも笑いものしないの。そこで、しないもん、臭くないもんとかいって、うわーんと泣いてくれたら面白いんだけどさ。トワちゃんはそんなに優しくない。
 どころか、休み時間に僕の所に「嘘を付くと口が曲がると祖母が言ってましたよ」ってわざわざ言いに来るの。
 トワちゃんってば、嘘が大嫌いなんだよ。可愛いでしょ。
 でもさ、世の中にはトワちゃんみたいな可哀想な子が大好きっていう、おかしなおじさんも多いんだよね。先生でも、お婆ちゃんしか居ないお家で育った、変な臭いのするトワちゃんの話を聞いて同情したりつけ込もうとする先生いるし。
 でもね、大丈夫。そういう奴はトワちゃんに当たって勝手に自滅してくれる。
 苦労話を聞こうと思って職員室に呼んでお茶を振る舞ったら、逆に夫婦仲を心配されて「私のような取るに足らない生徒を気に掛けている間に奥様にメールを送って差し上げるのが良いと思います」って、お茶をすすりながら抑揚なく言うし。
 弱ってる所につけ込めば自分にめろめろになってくれるんじゃないかと付き合っても、トワちゃんは夜の七時以降は絶対に出歩かないし、彼氏からメールが来ようが連絡網が回って来ようが、十時には布団に入っちゃう。
「俺が一番好きだよな」なんて肩を抱いて言っても。
「いえ、家族が一番です」と返して、夕飯のお買い物があるからって言って、丁寧に頭を下げる。
 大体はここで落ちるし、振り落とされないのは、幼なじみの僕がトワちゃんに彼氏が出来たとか言っちゃえば一発で済む。
 そうすると、トワちゃんは付き合ってもいない、近頃妙に絡んでくる友達だと思っていた男に、いきなり往来でグーで殴られたり、携帯投げつけられたりするんだ。
 トワちゃんは普通の女の子だから、恋愛ってものにそれなりの憧れをもっている。そして品行方正だから、二十歳までは清い身体でいるつもりなんだよ。
 そんな女の子が、自分に好意を寄せてた男に殴られて、クソとかヤリマンとか罵倒されるんだよ。泣かない訳ないよね。寧ろ男性不信になるレベルでしょ。
 なのに、そんな時でもトワちゃんは泣きじゃくってくれないんだ。見かねた僕が、周囲を扇動してヤリマンコールとか掛けても駄目、やっぱりトワちゃんはトワちゃん。ただ制服の埃を払って立ち上がるだけ。
 すりむいても気にしない。
 ただ、あるとき車に連れ込まれて何処か遠くの町に連れて行かれそうになった時は流石にお巡りさん呼んだし、僕も鉄パイプで殴りかかったけど。
 凶器って呼ぶだけあって素人ががむしゃらに振っただけなのに、うっかり主犯格の額を割ちゃったんだけど、トワちゃんが、先に鉄パイプを持ち出したのは相手って言ってくれたから僕は平気だったよ。
作品名:僕とトワちゃんのこと 作家名:刻兎 烏