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「生きても、死んでも」

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突然だった。まだ俺は三十五歳だぜ。今からなのに、自分がこんなに蝕まれていたなんて……
 妻の倖子は医者に、
「桜は見せてあげたいですね」
 みたいな事を言われていたらしい。僕が安置されている霊安室で、泣きながらお袋と話しているのを先ほど聞き知った。
 それにしても、余命宣告されてからは早かった。今までは毎日何気なく生きて来たが、リミットがあるとこれ程までも時間が足りないとは。
 まあ生きていても、金や人間関係等、色々ストレス多いから、実は死んで良かったと、少し思っている。嫌な現実から、解放された清々しい気分だった。心残りがあるとすれば、桜を見られなかった事位だろう。現世に未練なんて全く無い。
 ふわふわと飛び、霊安室の自分を見に行く。すると、妻・お袋の二人が話していた。
「唯一の……救いは、彼があまり……苦しまなかった事です」
 霊安室で倖子はハンカチで顔を覆い、嗚咽しながら言う。
「そうね。息子も、貴女には感謝していると思うわ。本当に献身的にしてくれて、ありがとうね」
 妻と対照的、気丈に振る舞うお袋は俺に代わって感謝を告げてくれた。
 そしてお袋は続ける、
「一先ず、葬儀社には私から連絡しておくから。早く自宅に連れて帰ってあげましょう」
「はい……」
 倖子は俯き、力なく応えた。
 お袋が連絡のために部屋を出て行くと、倖子は感情が爆発したかのように、泣き崩れた。そして一頻り泣くと、
「私がしっかりしなきゃね。貴方を送り出すのは私しか居ないもんね。もう泣かない。きちんと送り出してあげるね」
 気持ちを切り替えようと、自分に言い聞かせる様に言うと、静かに立ち上がり、お袋の元へ向かう為、部屋を出た。
 
 少しして、葬儀社のスタッフらしき男性が数人やってきた。俺を移送する様だ。
「この度は、ご愁傷様です」
 その中の一人がこう切り出し、頭を下げると、残りのスタッフらしき男性達も続いて頭を下げる。
 それから葬儀を終えるまでが大変そうだった。妻は業者と打ち合わせを行い、日時を決め、葬儀・通夜の手配等と、休む暇なく動き回っていた。
(あいつ。体あまり丈夫じゃないのに。大丈夫かな?)
「あまり無理すんなよ」
 疲れ果てて、テーブルで伏せて寝てしまった倖子を見兼ねて、僕は思わず何時も通りに声をかけた。
 しかし、聞こえる筈も無い。俺が抱いていた解放感は、徐々に無力感に変わっていった。
 そんな中で、妻は精力的に準備をしてくれた。業者との打ち合わせや、金額面の話なども慎重に交渉していた。それを俺は横に座って見る。
 聞こえもしないのに、
「そんなに豪華な物は要らないんじゃない? こっちで十分だよ」
 なんて話しかけてみる。なんだか、十五年前に、結婚式の打ち合わせをした時の事を思い出した。
 結婚したらコイツを守るって決めたのに、考えてみれば、俺は日々に追われて、何もしてやれなかった。
 気が付いた時には一日も終わりを迎えている。そんな、只々日にちをこなすだけの“無”の毎日だった。
(ほらほら、そんなの頼んだら金額が膨れてしまうって)
 妻の打ち合わせを見ていると、ついついこんな事を考えてしまう。
(それは必要ないって。こっちでやれば大丈夫だよ)
 次から次と口出ししたくなる。何故なら、今までこういう時は、全て俺が決定して来たから。彼女はいつも、それを否定せずついて来てくれた。
 結局、葬儀の金額は、三百万円まで膨れ上がってしまった。
「お金。何とかしなきゃ」
 倖子が呟く。
 困り果てた倖子の顔をみて、
(コイツ独り遺せないな)
 そう思
った。
 死んだら、コイツに何もしてやれない。
 いや、というか、生きている時もこれと言ってしてやれなかった。これじゃ、生きていても死んでいても一緒だ!
 第一、三百万なんてどうやって準備するつもりだろう。そんな金、家には無い。二人で毎月、節約しながらやり繰りしてやっと暮していた位なのだから。
(よし! 生き返ろう!)
 俺は、何の根拠もなく、部屋で安置されている自分の体に、上から重なるように寝た。そして、ゆっくりと目を閉じた。どれ程寝ただろう。体が動く。指に感覚がある。
「よし!」
 まさかとは思ったが、本当に戻れるとは思わなかった。奇跡だ。これで、倖子に心配をかけないで済む。これから色々してやれる。俺は喜びの余り、声を上げてしまった。
「だれ?」
 声を聞きつけた倖子が部屋に入ってきた。
「よ、よう! 生き返っちまったみたい」
 俺は少し、はにかみながら、伏し目がちに言った。
 これは、神か仏か何かに与えられた、チャンスに違いないと思った俺は、一番に伝えたかった事を倖子に伝えた。
「今まで何もしてやれなくてゴメン。一回死んで、毎日が当たり前だけど、そうじゃ無いって分ったよ。本当にいつも有難う」
「俺は、お前の事を物凄く愛してるよ」
 そう俺が告げると、倖子は少しほほ笑んだ後、顔をくしゃくしゃにして、大粒の涙を“ポロポロ”と落とした。
 恥ずかしさから未だ俺は顔を上げられずにいた。
 すると、隣の部屋から
「どうしたの? 大丈夫?」
 と驚いたようなお袋の声が聞こえた。
――ん?
 一体お袋は、一人で何を言っているのかと、疑問に思った次の瞬間、
「今彼が夢に出てきて、今までのお礼を言ってくれました。それと、最近ずーっと何年も言ってくれなかった言葉を、その言葉を伝えに来てくれました」
 と倖子がお袋に告げた。

 ――気がつくと俺は今まで通りふわふわと空中に浮いていた。
(夢に出たのか。ここは伝えたい事を、伝えられただけでも良しとするべきかな)
 そんな事を考え、どうにも成らない事があると痛感した。
 そして俺は、葬儀で自分を見送る皆を、上からぼや~っと焦点の合わない眼で見つめていた。いまから行うべき事も判らぬまま。只々“無”になっていった。生きていた頃と同じ様に……
作品名:「生きても、死んでも」 作家名:syo