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岬の社

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俺の友達から聞いた話。
 そのあたりは夏の終わりから秋にかけ良い波が来るリーフで、あまり広くない湾の端にあったから、隠れたサーフスポットとして地元の奴は良く通っていた。近くには港もあったけど、良くある地元漁師との確執なんかもなくて、むしろ一緒に飲みに行く程度には仲も良かったそうだ。その中でも年齢の近い、漁師連中では最若手と言われるKとは、特に意気投合して、時には深夜まで一緒に飲むこともあった。
 その時も、次の日が休みだとかでおおいに飲んでいて、そろそろ呂律も回らなくなってきた頃、ぽろりとKが零した。
「岬の神社知ってる?」
 知らなかった。
 と言うより、いつもサーフィンをする見通しの良いリーフ意外は漁業の邪魔にもなるだろうと思って踏み入れたこともない。そういえば岬の突端にはこんもりとそこだけ林が残っていたような気がする。
「豊漁の神様みたいな?」
「いや、それは別にちゃんとあるんだ、山の中腹に」
 そういえば浜辺から道路一本を隔てるとそこから先は山の斜面で、その斜面にチラチラと赤いのぼりが立っているのが見えた気がする。けっこう立派な建物だったはずだ。
「ああいうのは海の近くよりは、海が見下ろせる場所にあるもんだ、見守ってもらうモンだから」
 と言ったのに深く納得した記憶がある。
「んじゃ、その岬の神社ってのは?」
「俺も知らないんだ。でも時々、年寄り連中はそこの社にお参りしてる」
 言うと、Kは酒を煽った。
「んで、その時の捧げモノがとんでもないらしい」
 そういったときのKは、憑かれたような底暗い目をしていた。
 狂気を帯びた眼光が日に焼けた健康的な肌の中にあって、そのコントラストに戦いたのを覚えている。
「今日の朝、丁度年寄りがあそこに行ったようだから、そろそろ見てこようと思うんだが」
 俺も若かったし、立場は違えど同じ海の男同士、怖気づいたと思われるのは嫌だった。それでなくてもサーフィン野郎などと馬鹿にされることも多かったのだ――行かないとは言えない。
 Kは「とんでもないもの」の正体について、このあたりでは獲れない特殊な魚だろうと考えているようで、また閉鎖的な漁村の年寄り連中の秘密主義に辟易しているのだというようなことも言った。若く血気盛んで、人好きのするこの友人は村の旧弊的な雰囲気をひとつかき回してやろうと言う気にもなっていたらしい。

***

 Kと俺はその後もしばらく飲み続けた。酩酊状態にならないといけない程度には怖かったのかもしれない。やがて0時を少し回った頃、二人で海岸沿いをい歩きながら例の社へと向かうことになった。
 波打ち際はポツリポツリと民家の明かりが見える程度で、曇っているから月も星も見えない。だが海へ目を向けると薄ぼんやり、水平線が見えるのは不思議な気がした。ごうごうと海鳴りとも風ともつかない、低いけれども荒々しい音が水面を転がってくる。生暖かく生臭い潮の香りが肌にまとわりついて、まるで塗れた布が張り付くようだ。湿った砂の一粒一粒が粘度を持って靴に食い込み、足取りが重いのはその所為だと自分に言い聞かせる。
 懐中電灯の明かりを頼りにたどり着いた林は、黒々としてそびえ立ち、細いけれども確かに踏み慣らされた道がその中に続いていた。
 Kも俺も一言も発しない。
 聖域は狭く、左手を見ると木の幹を越して海が見える。道なりに行くと林の中の空間がぽっかり十メートルほど広場になっていて、入り口に石柱が二本立っている。中央には三メートル四方の小さな木製の社があるきりで、それ以外に神社らしい特徴は何もなく、鳥居もなければ注連縄もない。
「あそこだ」
 短くKが言うが、物置小屋と見まごうばかりの本当に粗末な社なのだ。正面に向かって観音開きの扉がついているが、硬く閉ざされていて中は当然見えない。何より蝋燭を立てた跡も、食物を供えた形跡すらないのだから、言われなければ神社かどうかもわからない。
 Kはマグライトを持ってゆっくりと社の周りを一周する。と、ふと何かに気がついたように礎石を照らした。
「水だ」
 確かに、白っぽい石がしとどに濡れている。その出所を探してライトの光を上げていくと、社の隅から漏れだしているように見えた。板の隙間から染み出た水が柱を伝って地面に流れている。
「やっぱり魚かな」
「だから言っただろ」
 Kは自分の目論見が当たった、という少し自慢げな声で言う。それで自信がついたのか、Kは俺にマグランプを手渡すと、いよいよ正面に回って社の扉に手をかけた。

***

 ほぼ立方体、縦横奥行きそれぞれが一メートルに足らないほどで、申し訳程度に飾り屋根がついている。 Kの手が扉を引く。
 左右に開いた扉の中には、窮屈そうに手足を折り曲げた――人間が詰まっていた。
 女だ。
 長い黒髪がべっとりと膚に張りついている。肩を天井につけて、膝を曲げた無理な姿勢のまま、首は無理矢理押し込んだように真横に折れて膝の間に収まっている。有り得ない位置から頭が生えているように見えるが、それすらもぶよぶよと膨れたように見える皮膚でどこからがどの人体パーツかすらもわからない。服は着ているようだが所どころやぶけ、体液なのか海水なのかも解らない水分がその膚を伝い床に落ちて、社の中だけが海中のようだ。
「戎だ」
 Kが短く言う。
 そうかこれは、水死体だ――と思った瞬間、俺とKは走り出していた。
 ごうごうと海鳴りと風が追いかけてくる。
 砂に足を取られるが、白い女の手が一歩ごとに足首を掴んでいるような錯覚に陥る。
 波の音に混じって、俺とKと、そして三人目の足音が追ってくる、幻聴に違いない、違いないがあの足音は女の足音か。それとも他の何かだろうか、あの社には何が祭ってあったのか。あれが捧げものなのか、だとすればあれを欲しがるモノとは何なのか。果たしてそれは本当に神なのか――。

***

 それから、Kとは会っていない。サーフィンもすっぱりとやめた。
 海とは恐ろしい場所だ、とKが最後に行っていたから、もう海で遊ぶ気にはなれなかった。少し漁村のことを調べたが、何も解らなかったが、昔からあのあたりでは水死体が余りあがらないという話がきけただけだ。あんなに嫌がっていた年寄りとも仲良くやっているらしい。俺は海から離れても生きていけるが、Kはそうもいかないのだ、仕方がないと思う。
 何より同じサーフィン仲間の女の子が、その時期に遊泳中に行方不明になったと知ってからは、海を見るのも嫌になった。あの濡れた砂を踏む足音が、知っている足音だったような気がしたのも、Kには言わないでおいた。



作品名:岬の社 作家名:シーナ