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(コミティア94新刊見本)闇色遊戯

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闇色遊戯――彼らはひそやかに動く――



 細く長い銀糸の髪をうなじで一つにまとめ、銀フレームの眼鏡を持つ男が歌うように述べる。
「『神の意思』と『正義』。この二つの言葉を掲げたとき、人は時として残酷なほどに相手への配慮というものを忘れる」
 薄い口元には笑みが浮かんでいる。しかしそこに優しさなどというものはいっさい感じられない。
「そしてソレを掲げてソレから外れるものを声高に糾弾する。相手がどうして『神の道に背き』『悪事をなす』のかを考えもせずに」
「――神父様……? そのお言葉はまるで」
 理由があれば悪事をなしてもいいように聞こえる。そんな表情を浮かべている目の前の少女に対し、男は変わらずに笑みを浮かべ続けていた。
 二人がいるのは教会。少し寂れているけれど、丁寧に掃除されているのだろう。例えば傍らのイスには埃一つない。見事なステンドグラス越しに日の光が射し込んでいる。
「その考えは短絡的だね。例えば理由が復讐であれ、誰かを守るためであれ、人殺しは人殺し。その罪を犯したものは何らかの形で罰を受けるだろう」
 罪は罪。それでもその罪を犯すにいたった理由がある。それは果たして無視していいものなのだろうか。
 男――ソーマは否と答える。
「悪事でなくとも同じだね。行動には必ず結果があり、人は己の行動に対して責任がある。そして必ず何かが返ってくる。『神の意思』や『正義』の元になした行動が必ずしも、誰にとっても正しいわけではない」
 それでも行動をした以上はどんな結果になっても受け入れなければならない。たとえどれほど悔やむことになっても。
「――待ってください、神父様! 神の御心に従った行動が間違っているはずなどありません! ましてや間違った結果を導くようなこと――」
「――君の『神の御心』に従った行動によって己の生き方を完全に否定された者が、結果として弟を失ったとしても?」
「え……」
 ソーマの目は奇妙なほどに静かだった。そこには憎しみも断罪もない。
 感情のない碧い瞳が少女を見ている。
「ある青年がいた。その青年の生き方は決して『神の御心』に沿ったものではなく、万人に認められるものでもない。それでも彼はその道を貫いた。すべては弟の夢を叶えてやりたいがため」
「……!」
 少女の目が見開かれた。その人物に心当たりがあったから。
「しかしその男の弟は失われる。弟にある少女が願ったから。兄の道を正してほしいと。少女は弟にこうも言った」

「『間違った方法で得たお金で夢を叶えても、貴方も嬉しくないでしょう?』」

 新しい声が響いた。少女の背後から。
 新たな存在の登場よりも、少女は耳に届いた言葉の内容にこそ驚愕した。
 知っている、覚えている。確かに自分が言った言葉。
 少女の背後を見てソーマが口の端を釣り上げる。そして続けた。
「弟は悔やんだ。自分のために兄が道を踏み外してしまっている。そんな兄を軽蔑などしない。けれど兄は自分のせいで苦労しているのだ。兄は自分には何も言わないけれど」
「悩みに悩んだ弟の結論が、『自分などいなければ』だった」
 カツカツと足音が近づく。その主は少女とさほど年の変わらない少女であると考えられた。声が耳に心地よく高い。
「君の行動の結果だ。別にそのことを断罪するわけじゃない。それは俺の管轄じゃないからね。ただ――」
 すっと男の目が細められた。
「自分は何一つ間違いを犯していないと思っている君の態度が気に入らなかっただけだ」
「公私混同もいいところだがな」
 カツリと足音が少女のすぐ隣で止まる。
 自分の横に立った存在を視界に入れるべく、少女はぎこちなく首を巡らせた。

 黒。

 最初に覚えた印象はそれだった。ついで紅。
 声の高さが示すとおり、その存在は少女の姿をしている。背は少し低いかもしれない。腰まで届く長い髪は黒く、結われることもなく無造作に風に遊ばせている。
 まとう衣装もまた黒かった。シンプルな黒のブラウスに黒のジャケット。プリーツの入ったスカートは膝までの長さ。足を包むのは黒いストッキングだろうか。厳しい女性に「はしたない」と怒られても仕方のない格好だ。
 黒に包まれた華奢な肢体。その肌は雪のように白い。その中で異彩を放つ紅。それは少女の目の色だった。
 白雪姫はその唇が血のように赤かったと聞く。なぜ少女の紅は目にあるのだろう。神様が間違えてしまったのだろうか。
 ぼんやりと脳のどこかが考えた。
 黒をまとった少女が淡々とささやく。
「運が悪いと人は言うのだろう。貴方の行動がこの男の目に留まり、そして『気に入らない』という感情を持たれなければ」
 貴方は己の罪を知らぬままにいけたのだろうから。
「えっ……」
「結局は神の前ですべてを明らかにされるけれどね」
 早いか遅いかの違いだと男の声が続けた。
「ま、て……何を……」
 いったい何を言われているのだろうか。「知らぬままにいけた」とは、どこへ?
「あな、たは……」
 目の前の、黒をまとう少女はいったい何者なのか。
 問いを受けて少女は右手を掲げた。と、突然鎌が現れて少女の右手に握られる。
 農作業用の鎌ではない。
 そんなものよりもそれはさらに大きい。少女の背丈と同じくらいはある。まるで絵物語に出てくる死神が持つような。
 そう、死神。
 その言葉が浮かんだ瞬間、少女の全身を恐怖が支配した。
「い、や…うそ、嘘……!」
 己の予想を否定したくて言葉を繰り返す。それなのに黒をまとった紅の目の少女は眉一つ動かさない。ただ静かに、そして慣れた仕草で鎌を振りかぶる。
 刹那、弾かれたように走り出す少女。黒い少女の横をすり抜け、後ろを振り返らずただがむしゃらに。
 タンッと軽い音が小さく聞こえた。空気が揺れるのを感じる。
 来た、いる。少女の後ろに、ほんの一呼吸で。
「いやっ――!」
 目をつぶって走り続ける。足を止めることなどできない。
「……おやすみなさい」
 耳に届いた言葉は奇妙なほどに優しくて。
「っ――!」
 堅く目を閉ざし、さらにもう一歩――!