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我侭姫と下僕の騎士

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 二度にわたって出鼻を挫かれ、即行為に及ぶ気はお互いに殺がれてしまった。
 雰囲気も何もかがどこかへと吹き飛び、開き直った二人は互いに全裸となり、濡れた服を乾かすために火の周囲へと服を並べる。羞恥はあるが、これからする事を思えば些細なことだ。それよりも、どうせ服を脱ぐのなら、その時間を利用して乾かした方が良いに決まっている。
 周囲へと巡らせていた視線をイグニスに向けて、クレアはすぐに俯く。早く乾くようにと、工夫して服を並べるイグニスの引き締まった尻が見えた。旅の途中で上半身の裸体は何度か見かける事もあったが、さすがに下半身を見るのは初めてだ。
 異性の裸という意味でも初めてだった。
 着替えはおろか湯浴みですら侍女に手伝われていたクレアは、同性に肌を見られることに抵抗は薄い。けれど、それが異性。それも相手が恋人となれば、さしものクレアも気恥ずかしくなった。
 クレアは両手で胸を掻き抱くように隠し、足をぴったりと閉じて、毛布の上で大人しくイグニスを待つ。
 服を並べ終えたイグニスは、毛布の上で自分を待つクレアを振り返る。
 視界の隅でこれまでと違う動きを見せたイグニスにつられ、クレアが思わず顔を上げると、ぶらりと揺れる自分にはついていないモノが目に入ってしまった。
 これ以上はないのではないかというほど頬を赤く染めて、クレアは俯く。
(あ、あれがイグニスの!? クロードの持っていた本と、形が違う!)
 視界に入ったのは一瞬のはずであったが、存外しっかり観察してしまった自分に自己嫌悪しながらクレアは忙しく思考する。乳母の説明とも、艶本の図解とも違うと困惑していると、クレアと背中合わせにイグニスが腰を下ろした。
 かすかに感じる背中の温もりに、クレアは緊張して背筋を伸ばす。
「……姫様」
「はいっ!」
 緊張から強張ったクレアの背中に、イグニスが戸惑う気配が伝わってきた。
「その、やはり、今夜は止めますか……?」
 離宮に閉じ込められて大切に育てられた姫君が、追っ手から逃れるために飛び込んだ洞の中で初夜を迎えるなどと、さすがにクレアが不憫でもある。
 全裸で緊張から身を縮ませて震えるクレアは艶めかしくも可愛らしいが、ここはやはり年長者であるイグニスが一歩引いて行為を中止するべきだろう。
 止めると言い出したイグニスに、背中で感じるクレアの身体から緊張が抜けていくのがわかった。
 やはりまだ早いのだと諦めかけると――ふわりとイグニスの首にクレアの両手が回された。
 ついでに、背中には柔らかい二つの感触もある。
「イグニスのお嫁さんになりたい!」
 どこまでも自分に甘く、優しいイグニスが焦れったくも嬉しかった。
 クレアが緊張をするのは、初めてだからだ。場所に不満があるとか、イグニスが怖いわけではない。
 クレアが甘えるようにイグニスの頬に擦り寄ると、振り返った瑠璃色の瞳と目が合う。
「姫……」
「イグニスは、わたしがお嫁さんじゃ嫌?」
「とんでもありません。ずっと……姫を、あなたを……」
 初めて姫以外の呼び方を口にしたイグニスに、クレアもまた初めて自分から唇を寄せた。
「クレアって、呼んで」
 そっと重ねられた愛しい娘の唇に、イグニスは騎士の仮面を脱ぎ捨てた。


 そっと腰へと回されたイグニスの腕に、クレアは身を任せる。そのまま抱き寄せられ、誘われるままに膝の上へと腰を下ろした。二度目の口付けにクレアはうっとりと瞳を閉じ、口内へと侵入してきたイグニスの舌に反射的に目を見開く。
 驚くほど近くに端整な顔立ちがあった。
 下唇を舐め、歯茎を探り、上顎をノックするイグニスの舌の動きに戸惑いはしたが、絡められた舌に、クレアは瞳を閉じておずおずと応える。
 これが乳母の持ってきた恋愛小説に載っていた、大人の口付けなのだ。
 口内を弄られ、なんとも言えぬ甘い痺れが背筋を駆け下りる。
 クレアの身体から緊張が抜けていくと感じ取ると、イグニスは行動を開始した。
 チュッと音をたてて唇を離すと、イグニスはクレアの腰を抱き寄せ、頭に手を添える。そのまま頭をぶつけないよう慎重に毛布の上へとクレアの身体を横たえた。
 イグニスの視界には、毛布にふわりと黒髪を広げ、熱に侵されたように潤んだ瞳で見上げてくる全裸の乙女。
 クレアの視界には、逞しい胸板と太い鎖骨、肩から伸びる褐色の腕をした、騎士の仮面を取り去った男。
「……やっぱり、少し恥かしい」
「そうですね。でも、可愛いですよ」
 ずっと側にいたはずなのに、これまでに見たことのない角度でお互いの姿を見つめ、クレアは恥じらい、イグニスは素直な称賛を口にした。
 額へと落とされたイグニスの唇に夢見心地で微笑み、唇へと降りてきた唇に応える。そのまま小鳥が啄ばむような口付けを繰り返し、唇を吸い上げたり、舌を絡めたりとお互いの味を確認した。
 閨での夫の喜ばせ方として知識は教えられたが、実践は初めてのクレアはイグニスを真似て愛撫を返す。
 頬に口付けられれば、イグニスの頬に。
 耳たぶを甘噛みされれば、イグニスの耳たぶに甘噛みをして返した。
「ひあっ」
 耳の付け根への執拗な口付けのあとに耳の穴をペロリと舐められ、これまでにない動きにクレアは虚をつかれて声をあげる。
「どうしました?」
「……なんでもない」
 首筋を通ってうなじへと這う舌に、クレアはくすぐったくてたまらず、身じろぐ。その動きに合わせて揺れた双丘に、イグニスは手を伸ばした。
「あ……」
 壊れ物を扱うようにそっと添えられたイグニスの大きな手に、クレアは知らず緊張して身を硬くする。
 イグニスの手に程よく収まる双丘は、しっとりと柔らかいくせに、張りと弾力がある。
 湯浴みの中で侍女が触れることはあったかもしれないが、男では自分が初めて触れたのだと思えば、イグニスの欲棒が鎌首をもたげた。
 パン生地を捏ねるように胸を玩ばれ、クレアは身をよじる。気恥ずかしさを誤魔化すように、唇を尖らせた。
「……くすぐったいわ」
「それだけですか?」
 拗ねて見せるクレアに口付けを落としてから、イグニスは青い瞳を覗き込む。イグニスの手のひらには、柔らかい感触とは別に独特の硬さをもった物があった。
 ほんのりと硬く、ツンっと立ちはじめている朱鷺色の蕾をクレアに示すように、イグニスは双丘を左右から持ち上げる。そうすると毛布の上に横たわっているクレアにも、寄せて上げられたことで強調された自分の胸の変化が見て取れた。
「ひゃあ!」
 クレアが自分の体の変化を見てとったと知ると、イグニスは朱鷺色の蕾を口に含む。ほのかに甘い蕾を口の中で転がすと、クレアの唇から初々しい囀りがもれた。
「あ、やん……」
 意識せずとも口からもれる声に恥じらい、クレアは口を押さえる。それでも蕾を弄ばれるたびに唇からもれるくぐもった声に、蕾に吸い付いていたイグニスが顔を上げた。
「姫?」
 訝しげな顔をした恋人に、呼びかけられたクレアは小さく首を振る。
 なんでもないと伝えたかったのだが、イグニスにはクレアの内心などお見通しだったらしい。苦笑を浮かべると、胸への触れ方を変えてきた。
作品名:我侭姫と下僕の騎士 作家名:なしえ