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空間を埋めるもの

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毎日が、退屈だった。


 枕元で、耳障りにアラームが鳴り響く。僕をベッドから追い出すために働いているそいつは、僕の眠気や倦怠感など知ったことじゃないとばかりに、単調な電子音を発し続けている。また今日も、いつもと変わらぬ一日が始まる。
 毎日同じような繰り返しの、平凡と言えば平凡という日々。それはとても穏やかで、平和で、幸せなことなのかもしれないけれど、どうにも何か物足りなく、空虚さを感じさせる。大きな動きもうねりもない、さざ波のような毎日。しかしだからといって、僕は何か大きな変化を求めて行動するでもなく、打開案を思案することもなく、起きて、学校へ行って、ほどほどに真面目に授業を受けて、友達と喋って、帰って、適当に過ごして、寝るという生ぬるい生活を繰り返している。そんな昨日と大して変わりのない朝が、今日も訪れる筈だった。

 目覚ましのアラームを止め、欠伸を噛み殺しながら母親が朝食を用意しているリビングへ入り、僕は硬直した。
(何だ…これ……)
いつもと同じようにおはようと声をかけてきた母親。しかし、昨日までとは決定的な違いがあった。有る筈のないものが存在している。いや、有る筈のものがないと言うべきなのだろうか。僕は馬鹿みたいに瞠目し、その場に立ち尽くした。母親はそんな僕に不思議そうな目を向ける。気付いていないのか。判らないのか。何故。こんなにもはっきりと僕の目にはソレが映っているのに。
「それ…どうしたんだ」
 余りにも不気味なほどはっきりと見えるソレを、震える指で指しながら訊ねてみても、母は全く意味が判らないといった様子で、怪訝そうに首を傾げた。そんな筈はない。だってこんなにも、こんなにも不自然に存在しているではないか。もう一度訊いてみても眉を顰められるだけだった。僕の混乱をよそに、母は早く食べなさいとリビングを出てしまった。その後ろ姿を見てみても、見間違いでも、勘違いでもないことが判った。

 母の体の真ん中に拳大の『穴』がぽっかりと空いていた。

 何だ。何なんだ。一体何がどうなっている。この理解不能な状況を誰か今すぐ簡潔に説明して欲しい。おかしいのは周りか、それとも自分なのか。母の反応を見る限り、こんなものが見えているのはどうやら自分だけらしいとは薄々判ってはいるが、そんなもの何の説明にもなりはしない。縺れる足を叱咤して、洗面所の鏡で自分を見て眩暈を覚えた。母親同様、自分の胸の下辺りにも、はっきりとした空洞が存在していた。母のものよりもやや大きいソレは、僕の思考回路を停滞させるのには十分すぎるものだった。
 その後、どうにか自分を立て直し学校には来たけれど、それまで以上に頭を抱えたくなった。道中、電車の中、建物の中、学校内、至る所に存在する人々の体には穴、穴、穴。
 学校へ向かっている間に、この状況を受け入れることはできなくても、何とか見ることはできるようになっていた。人間の順応性は本当に賞賛に値する。流石にまだ自分の『穴』をまじまじと見る勇気はないが、道行く人のそれは少しずつだけれど、観察できるまでになっていた。学校に着いてから判る。未だ何なのか判らずに、しかし確実に存在しているその『穴』は、僕ら学生と呼ばれる年代の人にあるものの方が、大きくそして深かった。
 何も見えていないらしいクラスメイトや他の生徒、先生などは、昨日までと全く変わらない様子で授業をしたり、喋ったり笑ったりしていた。そんな彼らに合わせて自分もいつも通りにしようとしたが、やはり友人の胸にもぽかんと存在している『穴』に目や意識を持っていかれてしまい、時折どうかしたのかと首を傾げられた。そんな中、ある一人の生徒に目が止まった。
(あ、)
同じ学年の生徒。しかし顔に何となく見覚えがあるだけで名前は朧げにしか記憶にない、その程度の相手。それなのに、妙に引っ掛かった。この引っ掛かる感じは何だろうと廊下を歩くその姿をじっと目で追っていて気が付く。生徒は一際大きく深い『穴』を持っていた。腹部一帯を覆ってしまっているほどの大きさ。ざわりと自分の内が騒いだ。アイツ、違う。でも何が。判らない。だけど妙に胸の内が騒いでしょうがない。しかしそのざわめきの正体が判る前に、生徒は去って行き、ぼうっとしているのだと勘違いした友人が僕を呼んだ。
 数日後、その生徒は万引きで捕まった。
僕は唖然とした。先生など学校側から出てきた情報ではないが、学年中がそのことで持ち切りだった。僕の目は相変わらず人々にある、正体不明の『穴』を映していた。ずん、と自分の中に何かが圧し掛かるのを感じた気がした。自分が何かをしたせいで、あの生徒が万引きをし、捕まったというわけではないのに、丁度『穴』が空いている辺りでぐるぐると重いものが渦巻いている。ぐるぐるぐるぐると、罪悪感が渦を巻いているのだ。そのいやに冷たく感じるものは、放課後まで自分の中に巣食ったままだった。
 帰り道、いつものようにいつもの道を歩きながら、ここ数日で見慣れてしまった異常な光景をじっくりと見てみる。スーツを着た男の人や、買い物にでも行くらしい主婦、お母さんと手を繋いで歩く幼い子供、連れ立って歩く小学生や中学生その他にもたくさんの人。彼らは忙しなく通り過ぎて行く。たくさんの人と同じだけ『穴』があるような気がした。そこら中、『穴』だらけだ。でも学校で見た生徒の持つものほど大きい『穴』を持つ人は、あまり見なかった。
 あの『穴』は一体何なんだ。この奇妙な現象が起きるようになったあの朝から、ずっとそればかりを考えている。何故急にそんな不可解極まりないものが人々の体に現れたのか。現れたのではなく、元々存在していたものが急に自分の目に映るようになったのか。もしそうであったのなら、見えているのは他にはいないのか。一人だけならば何故自分一人だけなのか。そして自分一人だけなのだったら、何故僕なのか。浮かんでくる疑問は絶えることなく、だが何一つとして答は出なかった。出してくれそうな存在もなかった。自分の中でも、答が出ることはないのかもしれないと微かに感じていながらも、僕はぼんやりと考えても仕方のないことを、堂々巡りのように何度も自分に問い掛けては逡巡し、結局は僅かな光さえ見えることなく白旗を揚げた。
 そんなふうに今日も、たくさんの、『穴』を持つ人々を見ながら歩いていると、あの生徒と同じような大きく深い『穴』を持った人物が目に入った。中学生くらいの少年だ。彼はちらと一度周りを見渡してから、薄暗い路地へと消えてしまった。あの生徒に感じた引っ掛かりをまた感じた。『穴』がなくても恐らく何となく危うさを感じていたことだろう。
作品名:空間を埋めるもの 作家名:@望