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赤い瞳で悪魔は笑う(仮題) ep2.姉妹

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 始まりは、私が物心ついて、少し経った後。
 そう――具体的には、四歳と一ヶ月。私は、市内でも有名な、私立の幼稚園に通っていた。毎朝、ある有名なアニメ映画に出てくるような猫型の可愛らしいバスで幼稚園へ行き、帰りも同じように帰宅した。
 友達は――、それなりにいた、方だったと……思う。
 実のところ、私には私の記憶が確かなものだとは思えないのだ。不定期に記憶喪失になる、とは言っても、そのときはまだ、そんな症状が現れたことは、なかったというのに。
 思い出そうとしても、
 思い出せない。
 思い出したい。いや――……本当は、私は。
『思い出したく、ない』のだろうか。
 記憶を拒否する脳。
 思い出すな。思い出すものではない。思い出してはいけない。思い出すと――
 傷つくぞ。
 私は。
 思い出すことを止める。記憶を辿ることも、止める。
 そして、そう。
 事の発端について――……
 話す。

 始まりは、私が物心ついて、少し経った後。
 そう――具体的には、四歳と一ヶ月。私は、市内でも有名な、私立の幼稚園に通っていた。毎朝、ある有名なアニメ映画に出てくるような猫型の可愛らしいバスで幼稚園へ行き、帰りも同じように帰宅した。
 友達のことについては、覚えていない。私が覚えている光景についてのみ、話そう。
 公園の、砂場だった。
 幼稚園の正面の、ちょっとした公園。そこの砂場に、私はいたのだ。一人で? いや、違う。私は、複数の中に混じって、一人で砂遊びをしていた。その中に――……そう、一人だけ、ちょっとばかり元気が余っていて、先生や他の『お友達』にしょっちゅうちょっかいをかけては怒られている、そんな男の子がいた。名前など知らない。いや、知っていたのかも、しれないけど。覚えては、いない。
 とにかく。その男の子は、砂山にトンネルを掘っていた。彼にしては珍しく集中力を発揮していて、他の園児達も集まってくるほど、なかなかに見事な砂山と、トンネルだった。砂を重ねては少量の水を混ぜて固め、また重ねては固め、といった単調な仕事を、彼は忠実に、律儀にこなしていた。幼い頃は誰もが、こんな単調な作業に苦を感じることもなく、純粋に楽しむものである。恐らく男の子は、有頂天になっていただろう。日ごろ自分を遠巻きにする子供達が、自分の作品に目を丸くし、素直に褒めちぎる。今まで、味わったこともなかったであろう優越感、満足感、充足感。
 しかしそれは、彼がその砂山とトンネルを完成させギャラリーを集めた、それからたったの三分で潰えた。
 隣で砂遊びをしていた私がバランスを崩して、『どしゃり』と。
 その作品の上に、手を突いて――……壊してしまった。
 壊してしまった――……彼の、努力の結晶を。
 あ、と思ったときにはもう遅かった。いくら謝っても、男の子は私を許してはくれなかった、散々私をなじってから、とうとう彼は、私に拳を振るった。
 痛かった? ――覚えていない。
 辛かった? ――覚えていない。
 覚えているのは、それまでその砂場にいたほかの子供達が、慌てて先生を呼びに行く声。そして、――血の色。
 それが、私のものだったのか、違ったのか。それすらも覚えていないけれど。
 そうして私は……、そこからの記憶を、失った。
 そう、最初に記憶の喪失を経験したのはその時。本当に、私の記憶の中の記録テープが、そこから急にぷっつんと、消去されてしまったかのように。それから何が起こったのか。それから私が何をしたのか。
 唯一つ、確かなこと。
 それは。
 私はその男の子に、とてもひどいことをした、というコト。
 それこそ、思い出すのも恐ろしいくらいの。実際、思い出せないのだけれど。
 記憶が繋がったのは、何分後だろうか。その時私は、先生二人に手足を押さえつけられて、砂場の上に寝かされていた。
 何があったのか、私には全く分からなかった。
 何故私は、先生に組み敷かれているのか。そして――何故私の目の前には、顔も手も足も、ひょっとすると衣服の下の胴体までも、血にまみれた、男の子が。
 彼は、保険医の先生の応急処置ではとても間に合わないほどの出血をしていて、怯えた目を私に向けて。震えていた。とても、怖いモノを見るように。
 とてつもなくおぞましい――何かを、見るように。
 唇は切れてしまったようで、
 腕は少し、関節が外れてしまっているようで、
 足はくじいたのか、捩れている。
 もう、彼は私がさっきまで殴られていた、彼の姿をしていなかった。最早、ただの――