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道徳タイムズ

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プロローグ


道心と人徳。自発的に正しい行為へと促す内面的原理として働く。それが道徳。ひとりひとりの感性とか、ひとりひとりの正義とか、混ざり合うから、道徳に正解はない。だからこそ、悲しいけれど、分かり合えないのも道徳。私たちは、それを幼い頃から教えられる世界に生きていたんだと思った――。

*     *     *     *     *     *

放課後、私は小さなため息をついた。道徳というものは、まったく、何を答えればいいか分からない。
それは、答えはないと言われても同じことだ。答えはなくてもまったく何も思いつかないのなら、答えることは出来ない。だから、私は道徳がとことん嫌い。手も上げない。いきなり当てられれば誰かの言った答えを模範にしたり、隣の人にこそっと教えてもらったり、それが出来なければ自分から立つ道を選んだ。
「おつかれ。愛子ってば、今日はまたずいぶん長い間立たされてたね」
そんな私に、突然声をかける人がいた。親友の夕菜だ。
「あ、夕菜。本当につかれたよ。最後の道徳だからって。私ばっかり当てるんだから」
「愛子がいつも人から答え引用してるからだよ。まあいいけどね」
私は一瞬肩を落とした。安心したのだ。夕菜は私が無感動なのを怒ってはいなかった。夕菜が一生懸命に考えた答えを引用していることも。
「でも、これで道徳も終わりだね」
「そうだね……私はちょっと寂しいかな」
夕菜は私とは違った。授業の前から色々と、今日はどんな話だろう。などと、物語を待つように道徳を楽しみにしていた夕菜のことだ。寂しく思うのも当然かもしれない。かもしれない、ということは、この答えも私には確信としては分からないということで。勉強が嫌いなのも、運動が好きなのも、好きなものも嫌いなものもそう違わない私達なのに、道徳の話をしているときだけは、温度差を感じていた。
「もう帰ろうか」
「え、あ、うん。そうだね」
 私は話を終わらせてしまった。これ以上話してると、夕菜と私の違いがはっきりしてきて、いやな気がしたからだ。それから、私はもう夕菜の顔も、夕菜の目も見れず、馬鹿な話ばかりしていた。
他愛のない話になってしばらくしても、まだ何か考え込んでいる夕菜にこのとき気付いてあげればよかったと、私はあとで後悔することになる。

*     *     *     *     *     *

夜。お風呂に入ってパジャマに着替えた私の家に電話がかかった。
「はい、もしもし」
「……あ、愛子ちゃん? 夕菜、そっちにお邪魔してない?」
「え、まだ夕菜帰ってないんですか?」
どうしたことか、ちゃんと家まで送ったのに、夕菜が、家に帰っていないらしい。確かにドアから入ったのも、ただいまといったのも覚えているけれど。それでも帰ってないって、どういうことなんだろう。確かに夕菜の様子がおかしかったかと聞かれたら、おかしかったかもしれない。でも、夕菜は私の記憶にある限りでは私には何でもぶつけられたはずだ。ぶつけてくれたはずだ。
「それ、本当ですか」
だから、私は信じられなかったし、信じたくなかった。
「本当よ。靴も、鞄もないし、一度も帰ってきた様子はないわ」
受話器からきこえる声が、耳が痛くなるほど声が大きなおばさんの声が、遠くに聞こえた。おばさんの声を遠くに感じるほど、私はずっと真剣に夕菜のいきそうなところを考えていた。いや、そのまえに、一度は家に入ったはずの夕菜が、帰った痕跡もない理由を考えた。

「私、今日家まで夕菜を送ったんですけど。その後消える理由があるとしたら、心当たりはありますか」
「ないわ。でも、そうね。最近、夕菜がちょくちょくぼーっと何か考えてることはあったわ。話しかけてもなんでもないとしか言わなかったんだけど……もしかして」
 そのとき、私の胸が何かを訴えた。
「分かりました。私も今から探します。おばさんも探してもらえますか」
 今の私には、心の教える何かが分からない。まだ、分かっていない。でも、私は勢いよくドアから外へ飛び出した。知れない世界の中へ。
作品名:道徳タイムズ 作家名:黒衣流水