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生物は温かい。

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彼女が居る



髭を剃った。
鏡に映る己の姿は、学生の頃となんら変わっていない。
そりゃま、つい最近まで学生してたんだから当たり前と言えば当たり前なのだが…。

眼鏡をはずして顔を洗い、手探りでタオルを探す。
僕は普段コンタクトだが、家では眼鏡をしている。
ただ外出先ではたいがいコンタクトだから僕が目が悪いことを知る人はあまりいない。
そういう些細な秘密って少しいいなと思う。
特に意味もないけれど。

…それにしても社会人になってからさらに視力が落ちたみたいだ、なかなかタオルは見付からない。
僕のうちのタオルは全てクリーム色の厚手生地に統一してある。
それらはみんな紗英子が選んでくれたものだ。
肌に触れるものは柔らかくて無地な方がいいでしょうと言って、二人で週末のニトリに買いにいった。

僕の洗面所には小さな青い花瓶が置いてある。

これは僕の恋人、つまりはやっぱり紗英子がくれたものだ。
僕はこの花瓶の古くさい感じがなかなか気に入っている。彼女はわりにセンスがいい。


僕はなんとかタオルを探りあて、顔を拭いて鏡をもう一度みた。
紛れもない若僧だ。

溜め息をつき珈琲をいれようとキッチンに向かう。
僕はすぐに珈琲のよい薫りに気が付いた。
カーテンがあいているからキッチンはやけに眩しい。
僕のキッチンは東向きなのだ。

その光の先にうっすらとした人影が見えた。
逆光で顔はよく見えない。
ただ真っ直ぐに、僕に向かって湯気のたつ珈琲カップを差し出していた。
人影の向こうでは、茶色の写真たてに収まった紗英子と僕が微笑んでいる。
これは去年の夏、紗英子と公園で写したものだ。
二人ともうすっぺらな微笑みを浮かべている。


僕はなんとなく嬉しくなり、そして同時に驚き、珈琲をいれてくれた主に「おはよう」
と言った。

すると目の前の彼女、…つまり僕の恋人でないヒト、…つまり紗英子ではないヒト、…それでもって柔らかな長い髪に細い手足の持ち主、…は微かに唇の先をあげた。
その様子は鳥肌がたつほど甘美だった。


…それから青山さんは、「おなかすいたの」と呟いた。


作品名:生物は温かい。 作家名:川口暁