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里海いなみ
里海いなみ
novelistID. 18142
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人形

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1.ピアニストと人形~貴方も私も…な人形~


「かわいそうな人形達」

…暗闇に小さな灯りが燈る。
一体何なのだろう、灯りに照らされたその場所には、無数の人形が散乱していた。
そのどれもが虚ろな瞳を見開いて関節をあらぬ方向に曲げて横たわっている。
嗚呼、一体ここは何なのだろう。
カツン、カツン、と音をたてながら小さな灯りが近付いてきた。
すらりとした四肢を持った黒ずくめの男が立っていた。
背中の真ん中辺りまでだろうか、伸ばした髪はまるで闇夜のように暗く水を含んでいるかのように艶やかで。
その白い腕に持った蝋燭(ろうそく)を垂らさないように、慎重に腰を屈めた。
その視線、その腕の先には、四体の人形が横たわっていた。

「キャハハハハハッ!」

何処からか高い笑い声が響く。
男の背で、一体の人形が踊り狂っていた。
楽しそうな笑顔、色とりどりの衣装、しなやかな肢体。
バレエ人形だと一目で分かる。
チュールで出来たスカートを翻しながら、その人形はあちこちを飛び跳ね始めた。

「カンタレラ」

男が胸から眼鏡を取り出した。
誰かの名前を口にしながら、倒れている赤いワンピースの人形にそれを差し出す。
キィ、と軋む音がしたかと思えば、人形は顔を挙げ眼鏡を受け取った。
手を差し伸べられ、立ち上がる。
その背中についている螺子巻き(ねじまき)から、オルゴール人形だとわかる。
眼鏡を掛けなおしてあたりを見回せば、始めに動き出した人形が飛びついてきた。

「カンタレーラっ!」
「…ビーナ?」

勢い良くカンタレラを押せばその場でくるくると嬉しそうにはしゃぎまわる。
それを尻目に、男は別の人形へと歩を進めた。
手を合わせて踊る、笑顔のバレエ人形と無表情のオルゴール人形。
男は何も気にする事無く、倒れたままの人形へと歩み寄った。
 
「セフィレール」

声を掛ける。
手を差し伸べる。
まだ新しく美しい、捨てられたとは到底思えない人形が顔を上げた。
ぎし、と軋む音がする。
本来は美しく靡いて(なびいて)いたのだろう栗色の髪の毛は今は絡み合い縺れ合い、痛々しい。
立ち上がって優雅に礼をしていれば、後ろからコロンビーナが駆けてきた。

「セフィ!」

勢いが強すぎたのかセフィレールはそのまま地面に倒れてしまった。
悔しそうな目をコロンビーナに向ければ、そのまま追いかけ始める。
セフィレールがさっき行った優雅な礼を真似するように、カンタレラがセフィレールの位置に立ち、礼をした。
男は次の人形へと歩みを進める。
薄汚れた、服を纏った(まとった)セルロイドの人形、マネキンへと。

「エイリース」

壊れてしまったマネキンが固い動きで首を上に向けた。
その虚ろな瞳が男を捕え、そして何も映さなくなる。
手を取り立ち上がるようにすれば、ぎこちない動きで礼をした。
次の瞬間、コロンビーナがエイリースを突き飛ばす。

「エイリース!」

いつの間にかセフィレールは追いかけるのをやめて、一人軽やかなステップを踏み続けていた。
何度も何度も、繰り返し繰り返し。
突き飛ばされても何の変化も見せずにただ少し乱れてしまったスカートを払うエイリースの横に、無表情のカンタレラが立つ。
そしてぎこちない礼の真似事をすると、別の人形へと歩みだした男の後ろをついていく。

「シターリア」

小さな花束を手に崩れ落ちているその人形を立たせる。
ふわり、と黒いスカートが揺れ花が揺れた。
しかしその動きはどこか心もとない。
恭しく礼をするシターリアをまじまじと見て、またカンタレラが真似をする。
いつの間にかエイリースもセフィレールの前で鏡のようにステップを踏み始めていた。
かつん、たん、かつん。固い音が暗闇に飲み込まれて消える。
キャハハ、と楽しそうなコロンビーナの声すらも、飲み込まれていくようだった。
やがて男がステップを踏み続ける二体をシターリアに示す。
それを見たシターリアは少し困った風にも見えたが、カンタレラに手を取られそこへと誘導された。

「おどろ」

そう言ってカンタレラが手を離した瞬間、シターリアはまた崩れ落ちてしまった。

かしゃん。

腰の辺りで二つに割れて、何も映さなくなった瞳が二体の人形に注がれる。
それを合図にするように、今まで淡々とステップを踏み続けるだけだったセフィレールとエイリースもまた崩れ落ちる。
きゃあ、と小さな声を上げてコロンビーナが飛び上がった。
そして、崩れる。
後に残されたのは男とカンタレラ。
やがてそのカンタレラも、崩れ落ちた四体の真似をするように、崩れ落ちた。

後に残るのは静寂。

否、どこからか小さく軋む音が聞こえてくる。
まだ動いている人形がいるのだろうか。
男が首を回して辺りを見ようとした。

きし。

その瞬間、また軋む音がした。
今度は、男のすぐ傍で。
嗚呼。男は呟いた。
一体、何からその音がしているのかを知ったからだ。
自分だった。
蝋燭を持っていた手を見ればかすかに震え始めている。
動きがぎこちなくなる。
きしきし。
だんだんと足が折れ、手が折れ、蝋燭が地に落ちた。やがて、男も崩れ落ちた。

「かわいそうな人形達」

闇の中に、嘲るような声が響いた…。



1:終幕
作品名:人形 作家名:里海いなみ