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みどりをあおと呼ぶ

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1.青葉



 昼から学校に行ったら、友人と知人の中間くらいの位置にいるゼミが一緒でそこそこ口をきく園田に女子が群がっていた。おいおい、漫画かよ、と思うものの独り言を不用意に漏らすのが嫌いなので口にはしない。しないが、三、四人の女子がぴーちくぱーちく喋りながら椅子に座っている園田を囲んでいる様子は、やっぱりどこからどう見ても漫画的な絵ヅラだった。
「青葉」
「おお」
 不意に声がかけられて、椅子をひとつ空けた隣に友人がどかっと座った。次の授業の先生が指定した本が三冊と辞書、ノート、筆記具を出しながら、こちらに園田は何がどうしたんだ、と尋ねてくる。
「知らねえよ」
「引き寄せすぎだろ」
「そう思うけど知らねえんだもん」
 園田が異性受けもするような面構えであることは皆が認めるところだったが、常時女子を引き付けて連れ回しているわけではない。漫画のようなシーンも、そんなに見かけない。
「後で訊いといてよ」
「自分で訊けよ」
「何で、青葉のが仲いいじゃん」
 友人は事も無げにそう言ってから「失礼しまーす」と俺のノートを奪って写し始めた。それなりに集中して写しているところに「別に仲が良いわけじゃないし」と言い訳するのも面倒だし煩いだろうからやっぱり黙っていたが、授業中にノートの端に書かれた「ソノダにきいといて」の文字を無理やり視界に入れられた。授業後に言い訳をしてやろうと決めたのに、友人はさっさと席を立って「じゃあ俺バイトだから」と退出してしまった。
「青葉君」
 園田の声がする。ざらっとした印象の少ししゃがれ気味の声で呼ばれると鳥肌が立ってしょうがないが、相手だって「お前の声は鳥肌が立つ」と言われたら悲しいだろうから、これも言ったことはない。自分が言われたって「何て言いがかりだ」と思うに違いないし。
「なに」
 せめて長袖の季節で良かった、鳥肌はイメージも悪ければ見た目も悪い。名前を呼ばれたくらいで嫌悪感をむき出しにしている、と勘違いされても困る。園田のことをそんなに知らないけれど、特別に嫌いだというわけでもない。
「昼飯行かない?」
 ざら。声に皮膚が反応する。有り得ない話だが、今、園田が俺の袖を捲くったら「ぎゃ」とか「うえっ」とか声が出てもおかしくないレベルで鳥肌が立っている、見なくても分かる。
 俺はぞわぞわする悪寒に耐えながら「行こうか」と答えた。園田が、ふ、と息を吐き出してから笑う。
「何で緊張してるの、青葉君」
 緊張。緊張ときたか。
 学生たちがそれぞれのグループで思い思いの話をしている。前を歩く人は振り返らなかったし、声は前に飛ぶのだから後ろを歩く人には聞こえなかっただろうけど、園田に「緊張してるの」と尋ねられたことが異様に恥ずかしいのは何故だ。
「してねえよ」
 廊下を抜けて食堂に入って席を確保し荷物を降ろした頃にようやくそれだけ返したが、興味の対象が「本日の麺」に移行していたらしい園田はこっちを振り向くときょとんとした顔を見せた。何の話、と返される前に、トレイを持ってさっさと園田の先を行く。
 緊張しているかどうか。たぶん、緊張はしている。
 では何故緊張などするのか。すごく親しい相手ではない。知らない相手でもない。飯を食うくらいなら問題はない。共通の知人の話、選択している授業や課題の話、最近見た映画でもはまってるゲームでも、話題を振るだけなら特には。
 だから緊張するのはこちらの自意識の問題なのだ。
 向けられた声に皮膚がビリビリして悪寒が走るのを隠さなきゃいけないとか、視線が合ってしまった時に眉をしかめてしまわないように気遣わなきゃならないとか、そういった他の友人連中に対するときより数倍気を回さなくてはいけなくて疲れる。何しろ相手に非はないのだから。訳もなく避けたり嫌ったりするには、相手からの好意は感じ取れるし、俺にとっての園田は本当に厄介な相手だった。青葉君、青葉君、とにこにこ話しかけられては無視をするのも忍びない。
 園田も俺も麺を選択したために、昼食はこれと言って会話に気遣う必要もなかった。なるほど、麺類にしておけば楽なのか。対・園田のノウハウがこうやって溜まっていくのだな、としみじみ思っていると、スープを干した園田が律儀に両手を合わせて言った。
「ご馳走様でした。……青葉君、三限は?」
「都市論。映像見て小レポート出すやつ」
「俺まぎれても平気なやつ?」
「たぶん」
「じゃあ混ぜて」
 都市論の先生は一般企業で研究員だか何だかをやっている人で、私語は許さないが単位目的ではない生徒が混ざっていても怒られないはずだ。いいんじゃないの、とそっけない返事(繰り返すが、これはざわざわした悪寒を隠すための努力の弊害だ)に、園田は「やった」と笑った。
「出てどうすんの? 寝んの?」
「え?」
「や、だって取ってない授業に混ざってもしょうがないだろ」
 園田はオーバーリアクション気味に瞬きをして視線をきょろっとさせた後、うーん、とやっぱりわざとらしく唸る。
「なに」
「いやあ、コレ言っちゃっていいのか分かんないんだけど」
「……」
 やけに含む。同じことを他の奴が言っても「早く言えよ」と返せるのに、こちらが緊張して対面してるせいで何も言えない。
 視線だけで先を促したつもりだったのに、目が合うとぱっと逸らしてしまうのだから、アイコンタクトは何の役割も果たせていないわけだ。
「そんな警戒されると、気になっちゃうよね」
「…………は?」
「ちょっと、可愛く思えて困る。って言われても困るだろうけど」
 ぽかん、と自分の口が開いてしまったのは分かるが、どうにも制御できない。こいつは何を言っているんだろうと思いながらも視線が合うといつもの癖で逸らしてしまって、仕方なく食べ終えた食器などを眺める。頭の中は言われた台詞がぐるぐる回っているけれども。
「ごめん、怒った?」
「え、いや」
 丼の上に割り箸を揃えて置く。空のコップを傾けてみて、空であることを確認してから元に戻す。箸をまた持ってみる。置く。
「青葉君」
「…………」
「……水、取ってくるね」
 ざらっとした声が、ちょっと笑ったようにそう言い、空のコップが視界の端で連れ去られるのは見た。園田の顔は見られなかった。ど、ど、と忙しなく聞こえるのは自分の心音か、嘘だろう? 冗談みたいに顔が熱い。まさかと思って手の甲を額に当てると、分かりやすく熱を持っているのを感じ取れた。
「うわあ……」
 それだけで、現状は把握してしまった。
 俺は「気になるって何だ」と反射で訊けなかったばかりか、顔を真っ赤にして視線を逸らす大失態を晒したわけだ。更にはさりげなく席を外してもらうという気の遣わせ方までして、これはもう勘違いされてもおかしくないだろうということも分かる。
 緊張、赤面。かみ合わない会話。
 少女マンガかよ、と吐き捨てようとしたが、顔を上げたタイミングで園田が戻ってきて「どうぞ」と水を寄越してきたので俺は毒づく機会を失ってしまったのだった。
「大丈夫?」
「……な、にも、ないし」
「あー、うん、まあそういうことにしてもいいけど、……ねえ、3限終わったらヒマ? 買い物付き合ってくんないかなあと思って」
「……いやだ」
「ヒマではないと」
「ヒマでもいやだ」
作品名:みどりをあおと呼ぶ 作家名:凪/nafi