小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

バイク乗り乙-鈴虫-

INDEX|1ページ/2ページ|

次のページ
 
私がバイク乗りと名乗るには少々荷が重い。なんせ自動車の維持費をケチってバイクに乗り換えたようなバイク乗りだからである。甲乙で言えば限りなく甲から程遠い乙の端っこにいる。
 当然『ライドオンで風を切る』なんてのもあまり好きではない。電車や車の方がよほど好きである。寝ているだけで目的地に着く、というのが特にいい。なのでバイクには必要な時以外は乗りたくない。
 しかしバイクにはバッテリーというものがある。このバッテリーはしばらく放っておくと放電してしまってエンジンがかからなくなってしまうのだ。仕方がないので乗る用事がなくとも二週間に一度のペースで乗り回さねばならない。

 そんなわけで10月半ばの今日、ソロツーリングを決行したわけである。
 コースは自宅から5分の場所にある香住道路を香住から佐津に向かって走り、佐津で下りたあと、自販機でコーヒーでも飲んで帰ろうか、といったものである。片道15分ほどの短いものだ。
 車庫の電動シャッターのスイッチを押すと、隙間からおだやかな秋晴れが差し込み、バイクがその姿を現す。バイクはグランドマジェスティ。50ccのスクーターより二回りほど大きい250ccのビッグスクーターである。
 ヘルメットはいつも座席下のメットインにしまっている。キーをひねるとパカッと開くはずなのだが、そのキーが手元にない。しまった、部屋に忘れたか。私はよくキーを忘れる。今日のように持ち忘れならまだ笑えるが、以前、高速のパーキングエリアで1時間ほどキーを差しっぱなしで休憩していたことがある。日本は外国に比べて治安が良いと言うが、さすがに冷や汗をかいた。
 部屋からキーを取って戻り、改めて差し込んで左側にひねる。バカッとあまりかわいくない音が響いてメットインが開いた。中からヘルメットと手袋を取り出す。他に入っているものといえば荷物固定用のネットと座布団だ。どちらも必須品で、特に座布団はデスクワーカーにとっての商売道具である尻を守る大事な道具である。
 とはいえ、片道15分ではさすがに出番はないので、今日はヘルメットと手袋だけにする。髪の毛を変に巻き込まないようにヘルメットをすっぽりかぶって、軽く微調整して首元のベルトをぱちり。手袋は雨の日も風の日も一緒に耐えぬいた信頼の1580円。
 ハンドルを両手でにぎって、傾いているバイクに腰元を当ててエイッと立たせる。何度やっても緊張する。もし、力をいれすぎて反対側にバイクを倒してしまったら非力な私じゃとても起こせないだろう。
 まっすぐ立ったバイクをぷるぷる震える両手で支えながら、右足を乗せてまたがる。ここまでくれば一安心。地面に残した左足一本でも楽々支えられる。うまいこと出来てるもんだとほとほと感心する。
 左手でブレーキをかけながら、キーを今度は右側にひねる。ブルンっと大きく震えたあとで、ブルルルルと小さな震えが続く。アクセルをゆっくりとひねっていくとブロロロロロと音が大きくなる。そのまま維持するとゆっくりとバイクが進みだす。
 車庫から出て、道の端で一旦ブレーキをかけた。二つのミラーを角度調整して、いい感じに整える。ミラーに私を見つめる初老のおじさん発見。うるさくしてすいません。
 最後に前後左右を安全確認して、ようやく出発。アクセルをひねって、ゆっくりと住宅街を抜けていく。角から飛び出してくる子供への配慮もあるけれど、あまりアクセルをひねると爆音がひどいのでご近所さんに悪い。
 刈り入れの終わった田んぼを眺めながら、のんびり進むとすぐに香住道路の入口が見える。有料道路ではないので、前の車に続いて入る。ゆるやかな登り坂のカーブを曲がると、果てが見えないぐらいまっすぐ伸びた片側一車線の自動車専用道路。
 前との車間距離を広めにとってのんびり走る。後続車がいるわけでなし、急ぐ用事があるわけでなし。秋の紅葉こそ無いものの、緑に包まれて走るのは気持ちがいい。どうせなら平日の昼間に用もなく走る贅沢を思う存分満喫しよう。
 途中にあるトンネルは三本。ちょっと長いの、とんでもなく長いの、最後にちょっと長いのがある。夏の暑い盛りに調子に乗って半袖のままで、二番目の長いトンネルに入るとあまりの寒さに鳥肌が立つ。トンネルは陽が差し込まないので涼しいのだ。
 まっすぐ風を切って10分ほど走ると下り口が見えてくる。下り坂のカーブの手前で、スピードをしっかり落とす。バイクは車よりも不安定なので、車よりもずっとスピードを落として車体を軽く傾けながら曲がっていく。出口の信号は赤。先の車の後ろに止まって右側へとウインカーを出した。どうやら前の車は左側に行くらしい。ごきげんよう、良い午後を。
 信号が青に変わり、突き当たりの交差点を真ん中までソロソロ進む。念の為、暴走車がいないことを確認してから右側へと車体を傾けて曲がった。
 両側に田んぼが広がる見通しの良い道を少し進むと目的地である広い休憩所が見えた。休憩所といっても、ただアスファルトで舗装された広場と自販機横にベンチがあるだけで、周りは草だらけで店の一軒もない。先客はデコトラが一台のみ。ウインカーを出してソロソロと入る。一番奥の自販機の前に停めて、バイクを下りた。

 エンジンを切るとそよぐ風に乗せてリリリンリリリンと鈴の音がヘルメットにこもって聞こえた。ヘルメットを取ると音がハッキリと耳に響く。少しうるさいぐらいだけれど、セミと違って鼓膜に優しいので、そこまで気にならない。ヘルメットに手袋をつっこんでハンドルにひっかける。
 さて、何を飲もうか。5台ほど並ぶ自販機の中から飲み物を選ぶ。やはりツーリングといえばコーヒーだろうか。無糖の缶コーヒーを手にしてベンチに座った。鈴の合奏に囲まれながら半ば見飽きた感のある緑色の山々を見ていると、やけに近くから鈴の音が響いた。
 リリリンリリリン。やはり近い。休憩所の外側に広がる草むらの中ではない。もっと近くから聞こえる。コーヒーを片手に音の出所を探ってみると、排水口から聞こえた。
 覗き込むと、排水口とは名ばかりで、土がこんもりと詰まっていて短い草も生えていた。じっと見ていると、草の隙間からまたリリリンリリリンと聞こえた。
 私は虫には詳しくないけれど、鈴の音なんだからきっと鈴虫に違いない。子供の頃からこの音を毎年聞いているが、実際に自然の中で羽をこすりあわせている姿は見たことがない。
 その姿をついに見ることが出来るかもしれない。
 驚かして逃げられでもしたら困る。草には手を触れないように、隙間から見えないものか、と角度を変えて観察していると、リリリンと音に合わせて震える姿を見つけた。
 発見に「ほうう」と口から声が漏れた。おっと危ない。羽を震わせる姿は、まぎれもなくテレビで見かける鈴虫のそれであった。私は長年の悲願であった大発見に、胸を震わせ……なかった。なんというか、大自然の中のそれは『虫』だったのだ。
 黒光りした羽、ふっくら膨らんだお腹、長い足。紛れもなく虫。きっと子供の頃なら、目を輝かせて見ていたであろう鈴虫も、今の私にとっては単なる虫。リリリンリリリンときれいな音を何度も奏でてくれたけれど、そのラブソングを私は素直に喜べなかった。
作品名:バイク乗り乙-鈴虫- 作家名:和家