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たかむらかずとし
たかむらかずとし
novelistID. 16271
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LLGA & BBIM

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Bitte bitte iß mich.


 竜ヶ峰を見かけたのは南池袋の路地裏だった。
(あ)
 見たことのある子供がすっと小道に入って行く、その後ろ姿を俺は何となく目に留めた。
 平凡な後ろ姿。
 時々見かける制服や、明るい色の多い私服姿とは違う、真っ黒な服だった。
(そういや、)
 ───あれっきり話してなかった。
 元々親しい訳では全くない。俺と竜ヶ峰(名前を覚えるのに三ヶ月かかった、覚えようとしてから)の間には、セルティや、ポン刀の嬢ちゃんや、こないだの紀田や、あるいは胸くそ悪いことこの上ないがノミ蟲のクソボケ野郎などが常に挟まっている。知り合いの知り合い、友達の友達、要するに他人。他人なりに顔見知りではあって、セルティの家で鍋を囲んで以降はすれ違うと会釈するぐらいの関係だった。どこか鈍臭そうな、ぱっとしねえ子供だと思っていた。
 その竜ヶ峰にダラーズを抜けると言ったのはまるっきり偶然で、それ以外の何ものでもない。そこにあいつがいたからあいつに言ったのであって、顔を知ってるダラーズのメンバーなら誰だってよかったんだろう。もっと言うならあの時言う必要もなかった。ばっくれたって良かったし、帰ってからセルティか誰かにメールしたって良かった。ただその時、あの場所に竜ヶ峰がいて、その竜ヶ峰はダラーズのメンバーで、ついでに高校の後輩だったから、善は急げと言ったまでのことだ。
 それ以来、竜ヶ峰とは顔を合わせていない。
 元々会ったって会釈するぐらい、せいぜい「ノミ蟲見たか」「見てないです」程度のやりとりしかしない相手だったが、何故だかそのときの俺は、ちょっと声を掛けてみるかという気になった。街がきな臭くなってきたのもあって、俺が抜けた後のダラーズがどうなったのか知りたかったのかもしれない。あのろくでもない馬鹿の集まりに成り下がった──そもそもそういうものだったのかもしれないが、俺には分からない──ダラーズで、あのとろそうな子供がどうしているのか、気になったのかもしれない。
 思ったより俺はあの子供を気に入っていたようだった。俺をむやみに怖がらない、礼儀正しい、平凡を絵に描いたような奴。憧れていたのかもしれない、俺には決して手に入らないものの象徴として。
 とにかく俺はその背を追って、そして見た。





 後ろ姿の竜ヶ峰はただ自然体に立っていた。両手を下げて、見下ろすようにして。
 竜ヶ峰の周りには何人かのガキが突っ立っている。ガキどもは殺気だっていた。
「先輩、どうします?」
 ガキの一人が言う。竜ヶ峰はちょっと首を傾げるような素振りをし、しゃがみ込んだ。
 そこには男が三人転がっていた。
 血反吐を吐いて、ボロ雑巾のようになって。
「もうしないって約束してくれます?」
 竜ヶ峰は子供に言い聞かせるように言った。まるで普通の声音だった。
「く、そ…」
 男が呻く。竜ヶ峰はもう一度、同じ言葉を繰り返した。
「ふざ、け…な…っの、くそガキども…っ!」
 竜ヶ峰は溜め息をついた。
「せんぱーい、これどうしようもないですよ、頭悪いですよ」
 ガキの一人が呆れたように言う。竜ヶ峰はまあまあ、と宥めるが、ごついブーツの先で男の頭を蹴り転がすそのガキを止めようとはしない。
 竜ヶ峰は男に向かって諭すように言う。
「あなたたちが今後、こういうことをしないって約束してくれればいいんです、そしたら僕らも帰りますから。簡単でしょう、悪いことをしなきゃいいんです」
 悪いことをしなきゃ、とガキの一人が呟いて、にんまり笑う。胸くそ悪い笑みだった。
 竜ヶ峰はガキを振り返って青葉くん、と渋い顔をする。今日初めて俺は竜ヶ峰の顔を見た。
 青痣と絆創膏だらけの顔だった。
 その顔に、いつもと同じ表情が浮かんでいるのが不思議だった。
「いいですね、もうこんなことしないで下さいね」
 竜ヶ峰は説得を諦めたのか、最後にこんこんと男の額を指で叩いて立ち上がった。行こう、と周囲のガキどもに声をかけて歩き出す。竜ヶ峰はまるでこのガキどもの頭のように振る舞っていた。どちらかというと後輩の引率をする新米部長のようだったが。
 竜ヶ峰がこちらへ歩いてくる。
 見つかる、と身を退こうとしたときだった。
 転がっていた男の一人が跳ね起き、何かを竜ヶ峰に向けて突き出した。
「死ねやッ!!」
 ナイフだと俺が気付き、電柱を引き抜く前に、竜ヶ峰は襲いかかる男の前で不意にしゃがみ、そのまま手を突き上げた。
「ぎぁっ」
 呻く声は微かだった。竜ヶ峰がたたらを踏んで下がると、男の顎の下からペンが生えていた。青葉と呼ばれたガキがその腹を蹴りとばす。男はもんどりうって倒れた。いい蹴りだ。
 よろけた竜ヶ峰は顔をしかめて脇腹を押さえていた。
「先輩?!」
「あ、大丈夫、かすっただけだから。…服駄目になっちゃったけど」
 竜ヶ峰は手を放して掌を眺めている。俺の位置からではその手が赤く染まっているかどうかは分からなかった。ガキは心配そうに竜ヶ峰の脇腹辺りをまさぐっている。
「先輩怪我するとすぐ熱出すんだから、気をつけて下さいよ」
「あはは、善処する」
 竜ヶ峰は明るく笑った。いつか見たのと同じ笑顔だった。
 つい今しがた殺されかけ、そして人の顎裏を刺したばかりにしては、あんまり無邪気な笑顔だった。
 どうせだから皆でご飯行こうよ、俺ガストがいいです、俺ジョナサンー、そんな他愛もない会話を交わしながら歩き出した一行から身を隠すように、俺はその場を離れた。
 そして小さくなって行く竜ヶ峰の背中を眺めながら、俺は腹の底が灼けるような思いを存分に味わった。





 俺にとって竜ヶ峰は平凡の象徴だった、今この時に気付いたのだが。
 俺の手の届かない、ちっぽけで矮小で、この上なく平々凡々な、日常の象徴だった。
 俺は焦がれていたのかもしれない。
 だからあえて関わろうとしなかったのかもしれない。
 俺が手を出せば、あれはすぐに壊れてしまう。俺の愛した平凡の象徴でなくなってしまう。
 だがどうだ。
(『みんなでご飯行こうよ』、な)
 今あの子供は、俺の愛した、どんなにほしがっても手に入らないはずの日常は、俺の愛したそのもののまま、化け物に堕ちている。
 俺と同じ化け物に。
(これで)
 これで俺はこれを愛せると、そう思った。
 これを愛していいのだと、赦されるのだと。
(これで、)
 静かで、灼けるような、昏い欲情だった。





 煙草をたっぷり一本吸い切って、俺はようやく歩き出した。
 あれを取って食うことばかり考えていた。
 




(俺は)
 ───愛していいのだと、思った。 

作品名:LLGA & BBIM 作家名:たかむらかずとし