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文殊(もんじゅ)
文殊(もんじゅ)
novelistID. 635
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私の、あの子の、誠一君。

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私の彼は、ゲームをする人だ。
 別にゲームをする人がそう珍しくない世の中だし、私だってゲームをする。最近のはどうにも3D使用が多くて、酔ってしまうのだけれど。
「何、食べたい?」
「んー? 何でもいいよ」
 そう言って一瞬ゲーム機から目を離して笑う。眼鏡の奥の茶色い瞳が少しだけ細められて、可愛いな、と思った。
 好き嫌いのない誠一に、リクエストという概念はあまりない。知っていながら、なぜ声をかけたのか、私は私のことだからわかっている。
 ゲームに嫉妬している。正確に言うと、誠一がプレイしているゲームの中の女の子に嫉妬している。

 それを誠一が手にしたのは、一か月前のことだった。友人にも同じくゲームをする人がいて、その人が強く推したのだ。そうして貸りてプレイすることになった、という経緯である。
 女の子と恋愛をするゲーム、らしい。らしい、というのも含めて誠一は借りたその日会った私に、内容を口にした。
 そんなものやらないで、と言うこともなく、「そうなんだ」で終わった会話。それを私は次の日から現在までの間、ずっと後悔し続ける羽目に陥っている。
 ゲームの中の女の子は、リアルではない。当然のことながら。目は大きく、経歴も「そんな子、現実にいるわけない」と私の友人がバッサリ切り捨てそうな感じでもある。
 だけれども可愛い。
 残念なことに、スタイルも顔も二次元には叶わない三次元の私はお世辞にも美人でも可愛くもないのだ。そんな私に圧勝のなんだかちゃんは、誠一に向かって「好きだよ」だとか「もー」だとか。とにかく、女の私がみたって可愛いのだから、男の人からしたらもっと可愛いのだろう。
 そう思うと、非常に虚しくなってきた。

 二次元の彼女は、驚くほどなんでもできる。
 誠一に「好きだよ」と言える。ゲームの性質上、そしてゲーム機の特徴を活かした上では、彼女に触れられる。彼女の腕がのびてくるわけではないけれども、接触が可能なのだ。
 彼女は誠一を喜ばせることも、悲しませることもできる。告白すれば喜んでもらえる。逆に冷たくしたり、別れを切り出せば悲しませることもできる。
 彼女は不老不死だし、気に入らないことがあれば、やり直すことができる。
 逆に、私はと言えばどうにもこうにもうまくいかない。
 誠一に「好きだよ」とかあまり言わない。触れることは可能だけれど、お互いベタベタくっつくのが好きなわけでもない。
 喜ばせることはできる。だけれども、悲しませるようなことをすれば、もしかしたら終わりかもしれないのだ。不安になることはできるけれども、それはいいことじゃない。
 私は老いていくし、ヘタしたらこの数時間後には死んでいるかもしれない。
(……気に入らない事があれば?)
 やり直すことは難しい。だって時は過ぎていくものなのだから。私ができること、彼女ができなくて、自分ができること。考えて行きついた答えに、私は涙が出た。涙もろいはずではないけれど、なんだかとてつもなく自分が情けなかった。
 私は、誠一に食事を作ってあげることができる。リアルにお腹を満たしてあげられるのだ。でも、それは私である必要はない。誠一は自分で自分の好きなように、自分の食べたいものを作ればいいのだから。
「オムライス?」
 肩が少しだけ跳ねあがった。思ったより近くに立っていた誠一に、顔こそ見えないのに笑顔で「そうだよ」と答える。誠一のお母さんが嫌いで作ってくれなかったオムライス。
 おいしい、と。初めて食べた、と笑ってくれたものをこういう時に作る。
(とてつもなく、愚かで脆い心だ)
 思い出を磨きあげて、優しさに縋ろうとして、勝手に涙を零している。
「皿、出しとく」
「ありがと」
 近くで陶器の触れ合う音を出しながら、誠一が遠ざかっていく。振るえそうなのをお腹に力をいれることで支えながら、お礼を口にした。
 オムライスの卵は綺麗に、綺麗にケチャップライスを覆い隠す。
「……よし、綺麗」
 心の中で小さくガッツポーズをしながら、私は情けない顔で微笑んだ。

 智子は賢い。ついでに言うと、スタイルもよくて、サバサバしていて、とても美人だ。智子に彼氏がなかなかできなくて、私にいるのはふしぎだと思う。
 前にそう言った人に、彼女はあっさりと「だって知里は優しい子だもの」と言い放った。私も、私にそう言ったある人とまったく同じ意見だった。けれども、「ね、知里」と微笑んだ智子には照れることしかできないで時が過ぎた。
 その智子と飲むと、どうしてもペースがあがる。オレンジのライトの下で、サラリーマンやOLの声にまぎれて消える、なんてことはなく。智子の声はハッキリと聞こえてくる。大きくはないのに、と思いながら呆けている間に智子は何かを頼んでいた。
「もう、今日は飲んじゃ駄目だよ」
「……顔、赤い?」
「真っ赤だよ。アンタ弱いんだからさ、明日しんどいよ」
 大して強くない私は、やっぱり酔っているらしい。確かに顔が熱い。すぐ火照る方ではあるけれど、と思っていたら運ばれてきたのはオレンジジュースだった。
 だけれども結局酔った勢いで話してしまった。意味がないなぁ、と思いながらも、うだうだと話していく。
 それに対して、智子はあきれ顔をしながらもしっかり答えてくれた。
「何よ、アイツまだあのゲームやってんの?」
 アイツと呼ばれている人物は、今日「智子と遊んでくるね」と言った時もゲーム機を握った状態で玄関まで見送ってくれた。見送ってくれるのは嬉しかったけれども、画面に女の子が映っている。それは、ちょっといただけなかった。
 タコのカルパッチョの余った玉ねぎを手早く口に放り込んでいく智子は、「ホント気の効かない奴だよね」と眉をひそめた。
「いや、まぁ……私が最初に「やめて」って言えば良かったんだよね」
 迷走している私の考えのとおり、あまり議論は進まない。だけれども怒らない智子に今日遊ぼう、と言った私はやっぱり愚かだと思う。そして、涙腺は脆い。脆いというか、緩いのだ。
「見たら、考えたら、嫌だったんだね?」
「そうなんだ。私ができること、あの子なんでもできるんだ……。私にできないことも、たくさんできる。それで、私、できるのってなんだろうって思ったら、何にもなか、ったから……!」
 嗚咽をこらえようと唇を噛む私の髪を、智子の手がぐしゃぐしゃにかき混ぜる。騒がしい店の中だと、横からくらいしか私が泣いているのは見えない。智子の細い指が髪の毛の絡まってる部分に引っ掛かって、頭皮が引っ張られる。
 全然、痛くない。
「わかった、知里」
 飲んだら帰ろう、と優しい声で呟かれたのに、頭を上下に振っても、頭皮を痛いとは感じなかった。

 次の日の朝ベッドで一人、今日が日曜で良かった、と心の底から思った。自分の講義がないこともそうだけれども、迷惑をかけた智子がもしこれで仕事のある日だったら、謝っても謝りきれない。
 そうしてタオルケットにくるまってぼんやりしている最中に、携帯が鳴る。はい、はい、と誰にでもなく答えながら携帯を探す。バッグの奥底から引っ張り出して、誰からなんてのを意識せずに開いた。
「もしもし」