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melody♪五話

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 その日は文化祭の準備で、学校が遅くなった。女子校に大っぴらに男の人が入れるのは年に二回、運動会と文化祭の時だけで、クラスメイトはこの二日間を何よりの楽しみにしている。彼氏を連れてくる人、彼氏を作ろうとしている人はかなり気合を入れて準備する。
文系クラスは特にその傾向が顕著なようで、私のクラスも、毎日最低でも一時間は残って準備をしなければいけない。そんな雰囲気が、誰も口には出さないけれど、教室中に漂っていた。毎日毎日、教室を飾りつけるリースや、風船なんかを作りつづける。一週間でしようとするからこんなにバタバタするんだと文句を云う人もいたけれど、うちの学校に全校分の飾り付けを長期間収納するスペースなんて、どこにもなかった。
どこからともなくざわめきが聞こえる。この一週間、学校は生き物のようだった。残念ながら私は招待する相手はいなかったけれど、この興奮を楽しんでいた。
放課後一時間きっちり作業をして学校を出たら、教室に着いたのはレッスン開始の十分前だった。

先生のおうちは増改築を繰り返したせいか、複雑なつくりになっていて、リビングを通り抜けないとレッスン室にたどり着くことが出来ない。慌ててリビングのドアを開けるとそこに先生と次郎くんがいた。
私は思わず腕時計を見た。レッスン開始五分前。遅刻はしていない。ほっとして、小さく息を吐いた。先生はにこにこしながらちょうどいいところに来ました、と云って私を次郎くんの隣に座らせた。次郎くんの前に一枚のちらしのようなものがあった。ライトを浴びて、ピアノを演奏している女の人が映っていた。多少ピアノをかじっている人ならば、いや、かじっていなくてもワイドショーなんかが好きな人は知っているだろう。更科かおり。現役高校生で、最近のコンクールを総なめしている若手ピアニストだ。

「今度、このコンクールに出てみませんか?」
先生の言葉にちらしから顔を上げる。相変わらずにこにこしていてた。
「この教室からは水戸さん、巽くん、鈴木さん、成海さんを推薦したいと考えています。水戸さん、巽くん、鈴木さんは了承してくれたので、あとは成海さんだけです」
「はあ」
このコンクールは、AOや推薦入試の前にある最後のものだ。大学進学を目指している生徒はみんな、なんとしてでもこのコンクールに出て、あわよくば入賞して大学合格への足がかりにしたいと思っている。
「まあ、今すぐに返事をしろとはいいません。ただ、申し込みが迫ってるので今週中には返事を下さい。ちなみに前回の一位は更科かおりさんです。彼女はこのコンクールで一気に評価を高めました」
もう一度ちらしを見た。更科かおりさんは、きつく目を閉じていた。目尻に寄ったしわが、彼女の真剣さを表しているようだった。
「では、レッスンを始めましょうか」
云って先生はゆっくりと立ち上がった。続いて次郎くんが立ち上がり、「練習室おかりします」と云ってリビングから出て行った。私はそれからワンテンポ遅れて立ち上がり、先生についてレッスン室に向かった。


「迷っていますか?」
レッスン室の扉を閉めると先生が尋ねた。何を、かは云わない。私は頷いた。
「あなたはピアノが好きですか?」
「好きです」
これは、これだけは自信をもって云えた。何の特技も取り得も無いけれど、ピアノを好きという気持ちには自信を持っていた。
「なら、出たらいいですよ」
「でも、」
「でも?私は、常々思っているんです。ピアノが好きな人が、ピアノを演奏する。それだけでいいんじゃないかって。それで、お金をいただけたら確かにありがたいことですが、ピアノは大学に行くための道具でもないし、お金を稼ぐためのものでもない。それらは二の次三の次です。まず第一に、ピアノを楽しむ。それでは駄目でしょうか?」
私は、青臭いことを云ってるでしょうか?先生は笑った。
私は頚を振った。先生の云っていることは、正しかった。
「先生の云うとおりです」
それ以上何も云わず、静かにテキストを開いた。今日の課題曲が、ベートーヴェンじゃなくてよかった、私は思った。

ゆったりとした時間の中で、自分の好きなことをする。なんて素敵で、贅沢なことなんだろう。レッスンの間思った。好きなものを、好きであり続ける。好きだからする。すごく自然なことなんだけど、、すごく素敵で、贅沢だ。
私はちらりと桐のことを思った。好きだから好き。それでいい。私の桐への思いは、ピアノに対するものと似ているのかもしれない。

すっきりした。何か、こころのなかのもやもやが晴れた気がした。周りは気にせず、ピアノを弾きたいから弾いていく。桐を好きだから好きでいつづける。すごくシンプルなことなんだ。もしかしたら桐には一生会えないかもしれない。けれど、それでも好きでいつづける。
誰かが、愛は、与えて、与えられてだとテレヴィで云っていた。私の愛は、桐に何かを与えることは無い。与えられることも無い。けれど、私にとってはきっと愛なんだろうなあと思った。


そんなことを考えながら先生のおうちを出ると、次郎くんがいた。午後七時、日が落ちて、あたりが薄暗くなり始めていた。藍色の街をバックに、次郎くんはしゃがんでいた。初めて喋ったあの日みたいに、私をみとめて立ち上がった。
「お疲れ様」
「おつかれ。ねえ、今から暇?」
「うん」
「ご飯食べに行かない?」
「いいよ」
私は即答した。ずっと考えていたことの答えが出て、すごく機嫌が良かったのもあるし、色々あってすごくおなかが減っていたのもある。家に帰ってお父さんと鉢合わせしたら嫌だなあという気持ちもあったし、次郎くんと仲良くなりたいな、という気持ちもあった。
何れにせよ、断る理由はひとつもなかったのだ。






作品名:melody♪五話 作家名:おねずみ