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チキンラブソング

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「あ、あの、一年のころからずっと好「ごめんなさい」

    ***

 図書委員三年、岸円。愛読書は「海と毒薬」に「ドグラ・マグラ」、座右の明は「勝者が正義」。後頭部で無造作にまとめた光を弾かない美しい黒髪とクールな美貌で男女問わずファンが多い。性格は横柄で凶暴、図書委員の間ではバイオレンス・ビューティの名高い彼女だったが、意外なことに高校三年の今に至るまでただの一度も「恋愛」と呼べるようなものをしたことがない。もっとも、それを知っているのは同じ図書委員で仲もいい同学年の二人だけだったが。

「えんちゃーん、メール来てるよ」
「あ? いいのよほっときなさい。どうせ雪矢からに決まってるんだから」
「なら余計に出た方がいいんじゃないか」
「プー、うるさい」

 言いながら円は尚の頭を遠慮なしに殴る。殴られた勢いで机に頭をぶつけて喚く彼をざっくりと無視して、円は机の上で震えている携帯をうんざりした顔で見やった。
 新着図書の目録をつくりながら無言で携帯を示す沙也に根負けしてそれを手にとると、案の定サブディスプレイには『雪矢』の二文字。勘弁してくれとでも言いたげに彼女は中身を見ないで携帯を鞄の中に放り込んだ。

「えん……ちょっと今の酷くないか。久しぶりに涙が出たぞ」
「やかましいあんたが悪い」
「別にそんなうるさくもしてねーだろうよおれはよ…」

 円はぶつぶつとぼやく尚を二度目の無視でやり過ごし、意識を机の上の何か分厚い本とノートに向け直す。黙々と何かを書き綴り始めた円をよそに、尚と沙也はひそひそと小声で会話を始めた。といっても同じ机に座っているのだから当然円にも聞こえているのだが、彼女は知らんふりでシャーペンを止めることもしない。基本的に、岸円という人間は他人のことなんてどうでもいいと思っている節があった。

「なんなの、えんちゃん機嫌悪いじゃんどうしたの」
「おれが知るわけない。月々のアレだって終わったばっかだろうあいつは」
「………なんでプーたんが知ってんの…………」
「こないだパシらされたんだよ保健室まで」
「(えんちゃん……)」

 沙也は思わず遠い目をしてノートに向かう円を見た。いくらなんでも女子高生としてそれはアウトなんじゃないかなあ、と呟くと、おれもそう思うと尚が小さく同意した。
 そこまで話したところで、さすがにわずらわしかったのか円がその鋭い眼光でもって睨みつけてきたので、二人は慌てて自分の仕事に手を戻す。しばらくはおとなしく督促状を書いていた尚だったが、とうとう耐え切れなくなってこっそり呟いた。

「…雪矢さんとなんかあった?」
「…………」

 面倒くさそうに視線を上げた円は一つため息を落としてペンケースの中のあさり始める。意図がつかめずに眉をひそめる尚に、ペンケースから"何か"を取り出した円は、それをためらいなく彼に向かって投げつけた。
 ヒュッ、と頬の横で風を切る音、続いて背後の壁に何か鋭いものが刺さり損ねて床に落ちた音。
 顔を真っ青にした尚と沙也が恐る恐る振り向くと、視線の先には通常の三倍は長い針のコンパスが転がっている。
 もはや彼の顔色は真っ青を通り越して雲のようにはかない白になっていた。

「えええええええんちゃんーん!!! ちょっ、やりすぎ! プーたん死ぬよ!」
「うるさい。いらんこと言うプーが悪い。いっそ脳天にソレ刺して死ね」
「な、なんてこと言うの……!! プーたん! しっかりしてプーたん!」
「今あたしの前で雪矢の名前出さないでくれる。虐殺したくなるから」

 何ヲデスカ、と沙也は震える唇で言おうとして寸前で飲み込んだ。
 雪矢、というのは大学三年生になる円の従兄の名前だ。去年の夏に親と大喧嘩をして家を飛び出した円は、ちょうど学校の近くに住んでいた彼の家に転がりこんだ。全身凶器とすら言わしめた円の従兄とは思えないほど心の広い青年だと初対面の当時高校二年生だった二人は思ったのだが、円を通じて付き合いを続けるうちに、心が広いわけではなくて他人に強い興味を覚えていないだけだと悟った。根本的なところではとてもよく似ている二人だった。
 他人に興味がないから、どうでもいいから何をしても許せる。
 他人に興味がないのに、自分の視界に入ってくるから何をしてもカンに触る。

「でも、今日のえんちゃんはやっぱり変だよ。何かあったの?」

 結局そのまま死んだふりを続けることにしたらしい尚を椅子にもたれかけさせて、沙也は静かに問いかける。決まり悪そうに視線を逸らそうとする円をどこまでも穏やかな瞳で引きとめたことりと首をかしげた。

「……なんでもない。本当に、あんたたちに話すようなことじゃない」

 円はそれだけ言って視線をノートに戻してしまう。また何がしかを書こうとシャーペンを手にとるが、気が殺がれたのかすぐにペンケースに戻してしまう。ため息とともに閉じられたノートの表紙には、赤ペンで五つの漢字が殴り書きしてあった。
 《暗黒花言葉》。

     ***

「チョウセンアサガオ」
「……現実逃避。バラ。ピンクの」
「なんで選りによって……私は貴方を殺したい。…オリーブは?」
「…薄利多売?」
「なんであんたそう四字熟語ばっかなの」

 お互いに花の名前を投げかけては謎の単語を呟き、そのたびに円が手元のノートにそれを書き付けていく。客間の小さな座卓に向き合って、円と凛────冴草凛は黙々とノートを埋めていたが、円が凛の言葉にあきれ返ったところで凛は背筋を伸ばして休憩の態勢に入った。それを見て、円もノートを閉じてテーブルにおいてあったコップを手にとる。
 休憩の合図として閉じられたノートには、赤い文字で《暗黒花言葉》の五文字。何とも嫌な気配のするそれは、円と凛が共同でつくっている、ネガティブな言葉だけで編み直した私家版花言葉辞典だった。
 きっかけはいつものようにエログロ小説を読みふけっていた凛に向かって、授業の課題か何かで花言葉辞典を眺めていた円が「なんで花言葉ってこう腹立つほど前向きなのかしらね」と言ったことだった。それに凛が深く考えずに賛同し、円も勢いのままに白紙のノートを用意した。もともとこの二人ともが変なところで几帳面(A型)だったせいか、ノリと勢いで始めたこのノートもすでに二冊目。きっかけからは半年が経っている。

「だいたいあんたあんだけグロいの読んでるのになんでそんなに語彙少ないわけ」
「読んでるからって知識として入るわけじゃない」
「…………要は一冊として身を入れて読んでないわけね」

 円がジト目で呟いた言葉を聞かなかったことにして、凛はコップにさしてあったストローをかじった。図星だったらしい。それきり黙りこんだ凛を見て円がため息をついたとき、ちょうど彼女の真後ろにあった扉が細く開いた。

「まどか? 電話だよ」

 冷たさを突き詰めたら逆に暖かくなってしまったような、奇妙に穏やかな声がドアの隙間から響く。声に驚いたのか言葉に戦慄したのか、びくりと肩を震わせて、こわばった声で円が答えた。

「……いないって、言って」
「でも、」
「いいからっ!」
作品名:チキンラブソング 作家名:ひわだ